カテゴリ:中野区幹部職員の不正打刻事件( 16 )

 

弁護士報酬請求事件、7月29日に判決

7月29日、中野区幹部職員不正打刻事件に於ける弁護士報酬を巡る裁判で、判決が下されました。50万円(及び遅延損害金)の支払いを認めるものでした

判決文では、原告等と代理人弁護士の労力は相当なものがあったことを縷々認定した上で、住民訴訟で中野区が返還を受けた金額に照らせば、50万円が相当としました。

これで不正打刻事件から派生した弁護士報酬請求事件も一段落と言うことになります。それにしても、悪戯に事件を長引かせた区側の対応が問われるところです。
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by ombudsnakano | 2011-08-02 21:34 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

市民オンブズマン連絡会全国大会

8月30日~31日千葉県で市民オンブズマン連絡会全国大会が行われました。中野からは7人が参加しました。

大会は五つの分科会に別れ、たとえば「議会運営」分科会では、費用弁償、政務調査費が話題に上りました。程度の差はあれ、どの自治体も問題を抱えているようです。しかし、傍聴したり、情報公開を取ったり、監査請求をしていけば、少しずつ是正される実態が報告されました

また、全国の参加者との意見交流も活発に行われました。一人でも監査請求、行政訴訟(本人訴訟)してきた何人かの方々から、お話しを伺えました。監査請求は手紙をしたためる程度に、もっと簡易に出来ていいのではないか、という声が多数ありました。

分科会報告では、自治体の顧問弁護士の報酬問題が俎上に上っていましたが、これは今回の中野区の行政訴訟と被ってくる問題です。課題として受け止める必要があります。
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by ombudsnakano | 2008-09-01 21:15 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

チラシ撒き


 [裁判ニュース NO.12]を区役所前でまきました。今までの中で多分1番受け取りがよかったと思います。正面入り口と裏出口の2箇所に分かれて撒いたのですが、今回は裏だったこともあり、出入りするのが殆ど職員ということもあり、「もう1枚下さい」とか「ごくろうさん」と声をかけてくれたり、興味深々という感じです。きっと何かを期待している方が多いのでしょうか。
 巷の噂だと職員が現区長の下でやる気をなくしているということ。困ったものです。信頼できる区長の為なら頑張ります!となって120パーセントの力を出してくれればどんなにいいものか。今の状態は物凄い損益を出していることになります。監査請求してもだめでしょうね。
 うちの近くの地域センターでもチラシを職員に渡しました。私も下さい!とにこやかに受け取る職員、気持ちは言わずもがな、です。
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by ombudsnakano | 2007-05-11 20:42 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ⑤

2−6 O課長の奇妙な論理
① 病気による休職処分は公務員の身分保障を前提として、職員のその意に反して任命権者によって行われる分限処分であり、心身の故障のため、長期の休養を要する場合に行うことができるものである。(地方公務員法28条2項 )。なお、心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合は降任または分限免職とすることも出来るのである。(地方公務員法28条1項 )。
職員の分限は公正でなければならず(地方公務員法27条1項)、任命権者がそれを行うについては条例で定めた手続きによるものとしており(地方公務員法28条3項)、中野区職員の分限に関する条例では、心身の故障を理由とする降任、免職、休職にする場合は、恣意にわたることのないよう、「指定医師をしてあらかじめ診断を行わせなければならない」としているのである。

② O総務部人事担当課長の認識はこうした制度の基本的認識を欠いている、O課長の決済した乙6号証の1(給与の返還の起案)を見ると次のように過支給の経緯及び返還理由が記載されている。「平成16年3月4月分給与を全額支給したが、その後3月10日から病気休職の届け出がなされた。また、病気休職を取得したことにより4月1日の昇給も取り消しとなったため過支給分を返還する」となっており、休職は休暇の延長のような理解でいるようである。これでは任命権者の分限処分ではなく単にN参事の休暇届が遅れていたような認識でいるのである。

③ O人事担当課長は陳述書(乙23号証 〔4〕)において奇妙な論理を展開している。「休職処分の決定は、事故の判明後、本来あるべき勤怠管理に沿って必要な手続きを行うものでした」というのである。それによって事後ではあるが出勤簿を本来あるべき状態の戻すことが出来たというのである。本末転倒の論理であるが、まさに本音というべきである。休職処分の決定は、任命権者があらかじめ医師の診断を徴した上で分限処分として行うべきものであり、出勤簿を本来の姿に戻すために行うものではない。この場合本来あるべき勤怠管理とは、出勤簿に不参表示をすることであり遡って休職とすることではない。

④ O課長の感覚では、本来的な手続きが行われないでいたのは、欠勤しているものの責任ではなく、届出を慫慂しない出勤簿の管理者の側に責任があるかのような論理を展開しているのである。平成19年3月26日のTY陳述(乙22号証 2中段)はこのようになっている。「最初の病気休暇の処理は、Nさんからまもなく診断書が送付されて来ましたのでスムーズに処理が出来ました。しかしNさんは引き続き休むことになります。Nさんは『また後から診断書を送る』と連絡してきました。しかしその後連絡が途絶えてしまったのは、先の陳述のとおりです」。後から送る診断書とは以前休職の理由となっていた病気の診断書にほかならない。病状によっては「職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない」と判断される可能性もあるものである。

⑤ N参事の聞き取り調査(甲34号証)にはN参事の当時の状況が述べられているのは、O人事担当課長が自らあたったのであるから承知しているはずではないのか。「出勤簿処理を決着しなければという思いはあったが、とにかく生きるか死ぬかという状態で、昨年9月に医師に後1年と言われており、どうでもいいやという気持ちにもなっていた」「休職願は出していないし、総務課が何らかの調整をしていることは、給与を見れば推測できた」というような発言を見ると、病状の重さに同情しつつも、元職員課長であり人事給与制度を熟知しているN参事の立場を考慮すると、休職処分のいわゆる遡及によってこれを救済しようとする態度は理解できないのである。

2−7 不自然な年次休暇の事後承認
① O課長は休暇の承認についても誤った見解を述べている。年次有給休暇の承認はやむを得ない事由がある場合は事後においても取得できるとして、本件の場合も当然にそれに当たるとしているがまったくの誤った見解をのべている。休暇は文書による事前承認が原則であり、急病で入院した場合に事後承認とならざるを得ないことを想定しているのである。前段のような事情で長期にわたる欠勤が発覚してそれでは有給休暇の承認をお願いしますということが、やむを得ない事由にあたるとして許されるのであれば、わけがないのである。その承認は違法である。

② O課長の見解のように、仮に、休職処分は本来行われるべき時期に遡及できるとするなら、その始期は2月16日でも2月9日でもよいことにならないか、その前に有給休暇を承認するのはきわめて恣意的といわなければならない。結局のところ残されていた休暇の日数によって休職の始期を定めているのである。N参事は退職するわけではなく、休職であるから、理論上はまた職場に復帰するかもしれないのであり、休暇を間に挟む必然性は無いのである。

③ この休暇の承認は、給与返還の計算上行われ、返還すべき給与を少なくするために行われたものである。手続き的にもN参事から休暇の申請がなされたかどうかについても疑問がある。平成17年4月22日の被告答弁書は「総務部人事担当は、同年5月6日、訴外Nからの同年2月16日から同年3月9日までの年次有給休暇を取得する旨の申し出、同年3月10日付の休職願及び指定医師の診断書を郵送により受けた」としている。郵送で受けた年次有給休暇の申し出が証拠として示されていない。

2−8 隠蔽工作の本当の目的
① 2月16日から3月9日までの年次有給休暇を承認したことにして、それに続く3月10日に前任のT人事課長のもとで休職処分が行われたかのごとき文書(乙3号証 )を捏造しているのである。この一連の手続きは果たしてN参事の救済のためだけに行われたのであろうか。O課長の述べるとおり、これによって「事後ではあるが出勤簿を本来あるべき状態の戻すことが出来た」のである。事後のN参事の勤務一覧表(甲24号証)からは、TY総務課長(当時)等の行った不正な出勤打刻の後は見事に消滅している。

② このような準備を整えた上で、「不正打刻は勤務のない日について事務処理としての打刻(仮打刻)を行い、後日、本人の届出により処理することとした」つまりは暫定処理であったのだ、。「その後、本人より休暇及び休職願が提出されたので、出勤簿の適正化を図った」のであって本人が病気のため手続きが遅延していたに過ぎないのだという「欠勤処理に関する事故報告書」(甲30号証)の筋書きがつくられ、懲戒処分に臨むことになるのである。これによって、救済されたのは総務部長・総務課長そして助役(いづれも当時)だけでなく、中野区役所中枢部の腐敗を糊塗することにより、事件を矮小化し区長への責任追及を避けることにもつながっているのである。

③ 「欠勤処理に関する事故報告書」(甲30号証)は任命権者である区長に5月7日に報告され、それによって区長はこの事件を知ったことになっているのである。それ以前の5月6日に任命権者による休職処分が決定されるというのもそもそもおかしな話なのである。その休職処分の決済は区長からその権限を委任されていない助役によって行われている(乙30号証)(乙17号証の2)。その上で助役は懲戒分限審査委員会の委員長として「後に修正する意図で云々・・・」などと結論付けている(甲56号証)。こうした一連の手続きは、中野区長と中野区幹部職員の都合を背景に恣意的に行われた隠蔽工作なのである。

〔証拠の提出要求〕
1.平成16年5月6日にN参事から郵送で受けたという年次有給休暇の申し出(文書管理規定に基づく収受印が確認できるもの)
2.休職処分が同年5月6日に行われたことを示す何らかの文書上の証拠
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by ombudsnakano | 2007-05-05 12:27 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ④

2−3 IM総務部長(当時)の責任
① 当時の総務課長の役割は当然のことながらN参事の上司でなく服務の監督者でもないのであって、たまたま総務部に所属することとなったN参事の出勤簿を職務として整理保管していたのである。総務課長が自己の職務の執行について上司である総務部長に相談することは十分ありうることであり、助役にN参事の病気休暇等の承認権等があったからといって、原審の認めた総務課長と総務部長の共同不法行為の成立に影響を及ぼすものではない。

② IM陳述は出勤簿管理規定をいかにも軽視した発言をしているが、出勤簿の整理保管者(総務部では総務課長)は毎月末に勤務状況報告書を総務部長に報告することが定められ、総務部長は必要があれば、出勤簿を提出させ、出勤状況の報告を求める権限を有しているのである。(甲54号証 中野区出勤簿管理規定第6条)。このような権限を有している総務部長が助言であれ、承認であれ一定の判断を示したのであれば、その影響は大きいと考えるべきである。

③ 平成18年12月27日のIM陳述(乙16号証)では、平成16年3月中旬にN参事の妻を見舞った自分の妻から「N参事は、医師から対応できる治療はすべて行った、今後の対応は考えたいといわれてから、精神的に落ち込み体調を崩し寝たきり状態になってしまったこと、奥さんの見舞いにもこられる状態ではないと・・・」聞いたことを陳述している。この様な情報に接すれば、当然のことながら、N参事が勤務しているとは考えるはずもなく、むしろ出勤簿や給与はどうなっているかと心配してしかるべきである。

④ またこの陳述では、「3月中旬頃総務部付けの特命参事から、課長はN参事のカードで打刻しているようだ」と耳打ちされたことを陳述している。それにもかかわらず調査させることもしていないのである。人事課の担当者に一言話せばすむことである。IM総務部長は少なくともこの時点でN参事の欠勤を知ることが出来たのであり、知っていて何らの行動もしなかったのは不自然である。

⑤ 「私はまだ手続きが済んでないのかとおもいました。暫定的処理がまだ続いているのかと心配しました」と弁解は見苦しい限りである。そもそも暫定処理などというものは制度としてない。この時点でN参事の欠勤が始まってから既に1ヶ月あまりも経過しているのである。総務部長の一連の行動は、その職責を果たしていないばかりか疑惑に満ちたものである。

2−4 IM陳述に同調するTY陳述の問題点
① 平成19年3月26日付けのTYこども家庭部長の陳述(乙22号証)もIMとの相談内容についてIM陳述にあわせて相談の趣旨がN参事のケガの後の処理であり、その後の判断は自身の独断で行ったかのように微妙に変化させている。しかし、N参事のケガの出勤簿上の処理については迷うことはまったくなく、制度的にIMが指示したという当面「出勤扱い」とする(甲34号証 本件に関わった経緯)必要などはないのである。公務災害云々はIMが自己弁護のために後から考えた弁解に過ぎないのである。実際上もN参事から送られてきた診断書をもとに病気休暇の処理がなされている。

② TY総務課長の当時の懸念は、「私としてはついに来るべきものが来た」とのべているように(乙18号証 9前段) このケガを契機に以前からの病状が悪化し、N参事が出勤できなくなるのではないかというところにある。ケガは大きなものではなく、病気休暇が取得できるのであって、以前からの病気が悪化した場合では病気休暇がとれず、その場合は休職の取り扱いになることを知っていてそれを心配したのである (乙18号証 8後段、甲31号証 本件にかかわった経緯)。それについて総務課長の立場は、N参事の上司でないことは勿論のこと、服務の監督者ではなく出勤簿の保管者であり、いわば連絡窓口なのであるから、独断で判断を下す立場にはない。N参事の欠勤について上司の総務部長に相談するのは必然の行動といえるのである。

③ TY総務課長(当時)の行った行為はN参事の無届による不参(つまりは欠勤)を知りながら、N参事の出勤簿平成16年2月16日に出勤の表示をして以来同年4月1日に最後の出勤表示をするまで約1ヶ月半にわたって日々続けられ、N参事があたかも毎朝出勤しているように偽装する根気の要る作業といわなければならない。出勤簿の管理を怠ったという不作為ではなく積極的な作為なのである。総務課長といえば区役所の中枢を形成する職であり、そのような苦労をする個人的な動機は見出しにくいのであって、組織的な意向をふまえて行われたと考えるのが合理的である。

④ 総務課長の行為は出勤簿上の偽装にとどまらないのであり、出勤簿の整理保管者として毎月末に勤務状況報告書を総務部長に報告する職責を負っているのである。その際、自分の休暇等によりNに変わって打刻できなかった出勤簿の空白を部下職員に補正させている。その上で2月の勤務状況を2月末に、3月の勤務情況を3月末に総務部長宛に報告している(甲37号証)。その結果として給与支給事務を担当する総務部人事課の判断を誤らせ、前月の欠勤による給与の減額が行われることなく(中野区職員の給与に関する条例第13条)不正な給与を支給させたのである。

⑤ 中野区出勤簿整理保管規定(乙21号証)には、暫定的な処理とか仮の出勤表示などというものはない。あえて仮の措置と考えられるのは、本人から届け出があるまで出勤簿を空白にしておくことではないかと考えられる。これを、積極的な不正打刻と勤務状況の報告を、いかにも手続きの遅れのように言いつくろうことは出来ないのである。しかもTY総務課長の行為は、部下職員に指示するなど組織的に行われており大胆に過ぎるのである。これを個人的な動機で行った非行であるとするには無理があり、組織的了解があったと見るべきである。

⑥ なお、同年4月1日部長級の区長室長に昇格したTY総務課長は、事件発覚後も降格などもされることなく、その職にとどまっていたのである。仮に本件のような事件を個人的な動機から、独断で引き起こしたとするならば、自治体の人事行政ではほとんどありえないことではなかろうか。事件の処理に当たって、中野区役所の区長、助役、総務部長、人事担当課長という人事ラインにほとんど怒りが感じられないのである。

⑦ 総務課長の行為は二つの目的をもって行われている。その一つはN参事の病気の悪化を認識した上で、直ちに休職処分とならないよう出勤しているように出勤簿を偽装することである。2月16日午前8時29分に、あらかじめ総務部長との相談結果に基づいて、なんらの躊躇もなくそれを始めているのである。(甲 号証拠 勤務一覧表)。二つ目は折角復職させたのであるから、当面在職していると同様の給与を保障することであった(甲32号証)。そしてその行為は4月1日まで続き、「4月は何がしかのお金が出ると思ったので、打刻は続けなかった」としている(甲32号証)。一定の役割を果たし終えたというべきであろうか。 

2−5 4月1日の総務委員会への報告等について
① 平成16年4月1日には、N参事が在職している(欠勤していない)ことを前提に、復職に伴う昇給と人事異動(総務部庁務担当参事から総務部特命担当参事への変更)が中野区長によって発令されているのである。これをすべて総務課長の独断に起因する間違いであったというのであれば、中野区役所は行政組織としての体をなしているとは言い難いのである。

② 平成15年4月1日の年度当初の総務委員会において、当時のU助役は同委員会の出席説明員である部長級職員の紹介をしているが、出席していないN参事については次のようにのべている。「なお、委員長から御紹介いただきましたように、N総務部参事は、きょう欠席をさせていただいております」。これは欠勤しているNについて、たまたま欠席している建前で紹介しているのであり、議会に対して虚偽の報告をしているのである。この席には、IM総務部長はじめ総務部の管理職が同席しており、区長室長に昇格したTY前総務課長もこれを平然と聞いているのである。O課長もこの席でN参事を含めた人事異動の報告を行っているのである。

〔証拠の提出〕 中野区議会総務委員会 会議記録 平成16年4月1日
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by ombudsnakano | 2007-05-05 12:23 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ③

〔釈明の要求〕
次の事項について釈明を求めたい。
ア 事故報告書(甲30号証)の内容は、事実と相違しているので、これに基づく中野区長の懲戒処分(甲56号証 職員の処分について)に記載されている、本件事件にかかわる中野区における懲戒処分の事案の内容および処分の内容について、当時の総務部長にかかわる責任を否定する趣旨で言っているのか。
イ この陳述(乙20号証)では「Nさんの出勤の打刻が4月2日以降行われていないことは、提出した陳述書のとおり、総務係長から4月14日に聞くまで知りませんでした」と述べているが聞き取り調査(甲35号証)では、「3月中は処理できなかった。4月第1週ぐらいになって、M係長を呼んで、処理しなくてはならないので、書類を用意するよう指示した」と述べている(甲35号証)。M係長とはN参事の怪我以来の事情を知っている同じ総務係長である。この総務係長との関係についての陳述が何故このように変化するのか。
ウ 住民側としては、区長から委任されてN参事の服務の監督をすべきU助役の責任が当然いとわれなければならないと考えているが、IM総務部長(当時)が自分には責任がないような陳述をする趣旨は、U助役にこそ責任があるということなのか。
エ 総務部長がN参事の服務の監督権が自分にはなく、助役にあることを承知しているのであれば、総務課長からの相談があった際、ただちに助役に上申するのが筋道であるとかんがえられるが、それは行われたのか。
オ 甲34号証(IM総務部長 聞き取り調査)の初めの部分に、「N参事が2月6日の西城区長の通訳と接待役として勤務することは当日聞いた。4月の中国派遣の件についても併せて、本人が了解しているということで『良かった』と話した」とあるが、N本人に話したということか。4月の中国派遣の件とは平成16年4月11日に行われた北京駅伝大会に関連してNを派遣することか。それは誰が決定して、本人が了解したのか。それはTY総務課長(当時)も知っていたのか。
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by ombudsnakano | 2007-05-04 20:09 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一新被告側準備書面に対する反論 ②

2 控訴人(中野区長)の主張に対する反論
2−1 IM総務部長(当時)とN参事の関係
① IM・Nが親しい関係にあったかどうかは本人の主観で否定されるべきものではなく、Nの妻が入院しているからといって、自分の妻を見舞いに派遣し、Nの娘の結婚式に父の友人として招かれるような関係を世間的には親しい関係というのである。

② また、N参事の課長時代の職歴のうち、総務部用地経理課長 地域センター部調整課長 教育委員会庶務課長のポストはIM部長(当時)も経験したポストであり(管理職の年次からIMが先行)、以前からNが何かと相談する関係にあったと考えるのは無理ではないのである。(乙20号証 1 私とNさんの関係)

③ さらに重要なことは、乙20号証のIM陳述によると、平成14年10月、同年3月19日前総務部長山岸、人事課長Tのもとで行われたN参事の病気休職処分によって休職中であったN参事の見舞いに行った際に、わざわざ職場復帰を自ら勧めたことを明らかにしている。当時病気が小康状態にあったとしても、これは同年9月の段階で病気が進行し「もってあと一年と宣告されている」(乙18号証)のを承知の上での行動なのである。公務員は病気休職中であっても身分保障の一環として給料の80パーセントが保証されており、そのまま療養に専念させることも出来たはずである。病気が快方に向かっていたわけではないのであるから、部長級職員として戦力として期待できないのを承知の上で復職を勧めるのは、総務部長としての職務意識よりも区役所の仲間としての感情を優先させたものといわざるを得ない。異例とも言えるN参事の復職に人事管理の責任者として強いかかわりを持ちながら、N参事の欠勤に長期にわたって気付かず、何の注意も払わなかったというがごとき弁解は無責任にすぎるといわざるを得ず、まったく通用しないのである。

2−2 IM陳述のダブルトーク
① 中野区長は、第一審における答弁書(平成17年4月22日)において、事実の経緯として次のようにのべている。訴外Nは、平成16年2月6日、ケガをし、同月9日から同月13日まで病気休暇を取得した(乙5号証)。そこで、中野区総務部総務課長であった訴外TYは、訴外Nの従前からの病状を考慮すると、当分は訴外Nが勤務できない状況になるのではないかと心配し、当時総務部長であった訴外IMに相談したが、訴外IMはしばらく様子を見ようとの意見であった(第3事実の経過 3及び4)としている。

② また、原告共同参加人らの準備書面(平成17年7月15日)における「訴外TYが訴外Nの従前からの病状等を考慮し、当分は訴外Nが勤務できなくなるのではないかと心配し、当時総務部長であった訴外IMと相談したとあるが、「訴外TYは何を相談したのか・・・」という問いに対して、被告中野区長は、準備書面(平成17年9月2日)において「相談の内容は、訴外Nが、当分の間勤務できない状況になることが予想されるが、これに対してどう対処するかということであった」と明確な釈明をしている。

③ さらに遡れば、本件にかかわる懲戒処分(甲56号証)の前提として総務部長IMから区長当てに提出された欠勤処理に関する事故報告書(甲30号証)では、「N参事が2月9日から13日まで病気休暇を取得した後、翌週の16日以降も欠勤していたが、本人と接触が取れず、取り扱いについて判断できなかったため、総務課長が総務部長と協議し、勤務のない日について事務処理としての打刻(仮打刻)を行い後日、本人の届け出により処理することとした。」としている。

④ 出勤簿の処理には、本人以外のものが仮打刻をするなどという制度はなく、総務課長の行為は月末に部下の職員に協力させた上で出勤記録を補完し、中野区職員出勤簿整理保管規程(乙21号証 第6条第1項)に基づく勤務状況報告書として総務部長あてに報告されることによって確認され、給与支給の根拠となっているのであるから、当面の措置であるかのような弁解は許されないものである。ただし、この文書では総務部長との相談の趣旨がN参事の2月16日以降の取り扱いであったことは明らかにされているのである。

④ この報告に基づいて中野区長は平成16年6月4日懲戒処分を発令し、平成16年6月9日区議会総務委員会に報告を行っているのであるが、「出勤簿上の処理について、課長が部長と協議し・・・・」という趣旨から、総務課長および総務部長の処分内容はともに減給1月・10分の1ということになっている(甲56号証)。

⑤ しかるに、控訴審におよんで、IMの今回の平成19年3月26日付陳述(乙20号証)は、この事件の処理を総務部長として主導し、中野区役所における裁判手続きを所管してきたものとしての立場をわきまえず、これまでの経過からみればダブルトーク(二枚舌)といわざるを得ないものである。特に本事件にかかわる区長による懲戒処分の根拠となっている欠勤処理に関する事故報告書(甲30号証)について、「人事担当による聞き取り調査では事実と異なる証言もしました」とか証言が他の人に公開されることはないことも知っていました」などと述べている。その後のIM陳述の信頼性に疑問を持たざるを得ない。

⑥IM陳述では、しきりにN参事の服務の監督権が自分にはなく当時は助役にあったことを強調するとともに、総務課長と自分との相談の内容があたかも2月6日のN参事のケガについての取り扱いであったかのように印象付けようとしている。しかし相談の内容については、上記に述べた経過のとおり原審被告側が一貫して述べてきたところであり、このIM陳述の趣旨が理解できない。
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by ombudsnakano | 2007-05-04 20:06 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ①

1.裁判所からの釈明に関連する反論
1−1 提出された座席表について
①訴外Nが平成15年11月末の復職以来ほとんど自席で執務していなかったことの理由として「訴外Nは、当時契約事務の改善に関する事務について主に区役所6階の財務課(当時)において執務をしていたために、区役所4階の総務課(当時)の自席で執務をしていなかったものである。」との釈明をしており、あたかもそれがNの職務であり、総務課の自席にいないのが当然のような印象を与えている。しかし契約事務のライン業務は総務部財務課長の職責であり、「契約事務の改善」についての業務が総務課におかれていた自席で出来ないという理由にはならない。

②N参事の当時の職務は総務部参事庁務担当であり、乙18号証の訴外TY証言によると「・・・・自分を励ましたかったのだと思いますが、この区役所の中で自分がなくてはならない存在だ、というように新しい情報や話題を提供し、私が不得意なパソコン処理を一手に引き受けて処理してくれたり、総務部内の事務である契約事務の一部を担当していたのですが、その見直しに着手したりと見かけ上はとても積極的・意欲的な態度でした」とある。勤務実態は総務部内の事務の手伝いをしていたのであり、残された仕事の実績などまったく残っていないのである。

③示された座席表(乙24号証総務部総務課の座席表)のとおり、N参事の自席は他の二人の参事と並んで総務部長のすぐ右隣にあったのであり、Nの業務用のパソコン及び事務用品はそこに置かれていたのであるから、総務部長がいかに多忙とはいえ、N参事の平成15年2月16日から54日間の長期にわたる欠勤による不在を、総務部長が早期の段階で気付かないでいるのは不自然きわまりない。

④乙25号証として提出された平成15年度総務部財務課の座席配置(6階)におけるN参事の執務席とはどのようなものか、これは打ち合わせなどの会議用テーブルが置かれていたのであって、いかにもN参事専用の机と椅子が置かれていたような誤解を与えかねないものである。

1−2 N参事の定例的な会議への参加の慣例について
訴外Nは、平成15年当時、庁議の一員でも、部長会の一員でもないとしても、総務部の管理職であり、庁議及び部長会の内容を部内に伝達すべく開かれる総務部内の打ち合わせ会には参加するはずである。この点の裁判所からの釈明要求に十分答えていない。IM総務部長はじめとして人事・給与を担当していたT人事課長、契約事務等を担当していたM財務課長など総務の管理職は、議会の予算委員会や総務委員会への連日の欠席とあわせて、N参事が長期にわたって出勤していないことを知り得るはずであり知っていたのである。
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by ombudsnakano | 2007-05-04 20:03 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

情報公開請求から1年8ヶ月


裁判が始まり、どうしてこんなことが起きたのか皆で検証している時、ふっと疑問に思ったことがありました。
3月10日から9月9日まで病気休職であったが、その後9月10日からはどういう処遇だったのか・・・やはり病気休職であったようだ、と聞き、ええ!という思いでした。

9月といえば、
最初にこの事件を知ったのが6月で、
すぐに区長に質問状を出し、懇談などを行い、
区民が騒いでいるのが分かっている時なのに…全くお構いなく、
全く復職できる見込みのない人を病気休職にするなんて!


分限処分である病気休職には必ず医師の診断書があるはずで、それなら診断書を見なくては、と情報公開請求しました。

 2005年6月17日  公開請求
 2005年6月30日  一部公開
 2005年8月26日  異議申し立て
 2005年8月31日  審査会に諮問
 2005年11月17日付  公開理由説明書が提出される

これに対し

 2006年3月14日  意見書提出
 2006年5月24日  実施機関からの意見聴取
 2006年6月20日  申立人から口頭意見陳述

ここまで1年、そしてこれから7ヶ月以上経って
異議申し立てを却下するとの通知が 2月5日の日付の速達で届きました。
医師の診断書非公開についての説明の中で、「特定個人の疾病等に関する個人情報であるために非公開にした」と区は主張し、審査会がそれを認めることは納得できなくもない。しかし「東京地方裁判所の文書提出命令によって公開法廷に証拠提出されている」と書かれているえ!そんなもの出されていません!!!
中野区情報公開審査会という立派な学識経験者の先生方で構成される権威ある会でこんないいかげんな事は書かないで欲しい。急いで出した結果ではなく、異議申し立てをして1年半、陳述してから7ヶ月以上、時間を十分にかけての結果です。(Y.Y)
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by ombudsnakano | 2007-04-13 00:33 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

陳 述 書  その3

大畑きぬ代


乙16号証について
1.O課長の果たしている役割
最後にO人事担当課長の陳述について述べます。彼は平成16年4月1日から、人事担当の課長として事件の後始末に当たっている立場です。中野区の服務の手引き(乙4号証の2)は、服務上の問題は、地方公務員法の規定を踏まえ、つぎの3点を基本として処理しなければならないとして、①合目的性 制度の趣旨、目的にあった解釈と運用 ② 合理性 常識的で、納得できる解釈と運用 ③厳正確実性 職員全員の公平な取り扱いと正確な事務処理をかかげています。しかしO課長の陳述を読むと「服務の手引き」が掲げる理念にしたがって公正に人事担当課長としての職務を追及するのではなく、その果たしている役割は、上層部の都合にただ従って、隠蔽工作の事務方としての役割をひたすら遂行しているとしか思えません。これでは協力させられている部下が可哀相です。

2.出勤簿の不正発覚の事情
O課長の陳述では、平成16年4月14日にNT参事の出勤簿が4月2日から空白になっていることを人事担当の職員が発見したことが不正打刻発覚のきっかけになったように言っています。現在はこれが中野区の公式見解になっています。しかしながら、大変おかしなことに、それが何故に2月16日からの一連の不正の発覚につながったのかを説明していません。人事担当課には総務から3月分の勤務状況報告書がきているのですから、この状況では人事担当は4月2日からNT参事が欠勤していると考えるのが常識だと思うのです。
実際の事情は、庁内の噂や資料の流出、相当正確な内部通報(甲26)などでもっと早くから内々では知られていたのです。それは4月1日にTY総務課長の後任となった総務部のHY総務担当参事が出勤簿の管理上の不作為について、なにも責任を問われていないことからも推測されます。彼が就任したときにはすでに相当程度事件が知られ、問題視されていたと考えるべきなのです。
IM総務部長聞き取り調査(甲35号証)には「4月第1週ぐらいになって、M係長を呼んで処理しなくてはならないので、書類を用意するように指示した」とされています。この調書は誰が作ったのか、ほかならぬO人事担当課長と服務係長が16年5月19日にIM総務部長に面接して作ったのです。さらにIM陳述では、4月14日(水曜日)には既にNT参事の自宅に電話し、出勤簿の処理と、給与の返還について話をするため、その週の土曜日か日曜日に自宅を訪問したいと伝えたと述べています。事件の発覚が4月14日では、つじつまを合わせるのは無理があり、陳述書に既に矛盾が生じています。
何故に事件の発覚を4月14日に遅らせなければならないかは推測できます。4月15日にNT参事になんと4月分給与(906,386円)が何の疑いもなく支払われているからです(乙6号証の1)。このような人事担当課のあまりにも杜撰な事務処理をやむを得なかったとするには、早くから知っていては困るのです。4月14日には4月分給与の支給が止められなかったという弁解なのです。

3.NT参事の病気は広く知られていた
O陳述では平成16年4月14日当時の事情として「唯一3月まで総務担当課長の職にあったTY区長室長(当時)だけが、NT参事が病気のため出勤できない状態であることを知っていました」と述べていますが、これはまったく事実に反する陳述で、すべてをTY個人の責めに帰し上部に責任を波及させまいとする意図的な発言と思われます。
中野区議会の定例会は平成16年2月19日に召集され3月25日に閉じられましたが、議会参与として特に予算委員会の総務分科会と総務委員会に出席する幹部職員は、助役と主に区長室と総務部の管理職です。したがってNT参事が病気のため出勤できない状態であることを助役以下出席管理職は皆が知っていたのです。
TY陳述に「総務部内の管理職や主だった係長などには口外しないことを前提にNTさんの病状を話し、復帰の受け入れに注意を払ってほしいと協力要請をしました」とあるように、とりわけ復職のいきさつをよく知っているU助役、IM部長、O課長の前任者のT人事課長、そしてNT参事の親友と目されるM財務課長など総務部の主だった管理職は、当時NTさんの病状をとても心配していました。TY課長だけが知っていたなどということではありません。人事担当課長があまりいい加減なことを言ってはいけません。
O課長自身も前職は区長室の管理職ですから、NT参事が出勤していれば当然出席していてしかるべき区議会の総務委員会などに出席しています。予算特別委員会7回、その総務分科会3回、総務委員会5回、そのいずれの委員会にもNT参事が出席していないことを知っていたはずです。

4.休職処分の決定文書の疑惑
偽装工作の目的は、不正打刻をなかったことにする、あくまで暫定的なものだとするのがねらいです。そのためには、実際は5月6日に行われたという休職処分の決定日を3月10日に繰り上げる必要がありました。最近でこそ遡及だと盛んに弁明していますが、最初は遡及云々ではなく、休暇をはさんで3月10日に休職処分が決定されたように偽装したのです。
その痕跡は休職処分の決済文書(乙3号証の1)に残されています。①区長が行うべき分限休職処分の決定を助役にやらせている。事案決定規程上もこれは助役に委任されていません。あえてそうしているのは、もし文書の偽装が明らかになったとき責任が区長に及ばないようにするためです。② 3月9日に処分が行われたことにするため、O課長の前任者のT前人事課長に押印させ、当時の課長が決定に関与したように偽装されている。③それだけでは足りずご丁寧にも決定後供覧の欄に5月には転勤して在職していないS主事に押印までさせている。いかにも決定日時を真実らしく見せかけるためでしょう。④反対に人事担当係長の欄には押印がされていない。これは何故かといえば、人事担当係長は文書の作成時点では監査事務局に異動しているから協力させにくかったのでしょう、不都合な人事をやったものです。

5.果たしてこれを遡及と呼べるのか
その後に、実際は5月6日に決定したが、3月10日に遡及できるのだという主張に転換しています。何故変わったのでしょうか。インターネット上で偽装工作が始まったことが告げられた(甲26)ことや、その後に住民監査請求をされた影響があるかも知れません。監査の場では3月10に決定したと主張するのは無理だと判断したからでしょう。添付された指定医師診断書の日付が5月1日で、5月から3ヶ月となっていたらしい休養を要する期間を後から3月1日から6ヶ月と訂正されているのですから、3月10日に決定したと主張するのは無理だと判断したのでしょう。
監査で遡及だと主張するには、決定文書に5月6日には人事課に在職していないはずの前人事課長やS主事の印があることが反対に邪魔になります、監査資料として提供された決済文書の写しでは、彼らの印は消されていると聞かされています。さすがに裁判所にはそのような文書は出せませんので当初の決済文書が提出されています(乙第3号証の1)これを果たして遡及というのでしょうか。遡及とは権限ある者によって決定され、正しい決定年月日が付された文書によって、決定された処分等の効力を遡らせることをいうのです。正当な権限のある者(この場合はO課長)が関与しないで決定した形式の文書に、遡った決定年月日を付してその日に決定したように見せかけ、本当はほぼ2ヶ月後に決定されたが、決済文書に記された決定日に遡って決定の効力を持たせているのだと主張しているのです。これを遡及と主張するのは根本のところでかなりの無理があります。

6.分限処分は厳格に運用され濫用されてはならない
分限処分は任命権者によって、公務員の身分を失わせる、あるいは職務の遂行能力を失わせる身分上の行為ですから厳しく運用される必要があります。病気休暇の後に行われることが多いのは事実ですが、法的には性格を異にすることは言うまでもないことです。公務員の身分の保証とも関係しますから、地方公務員法ではその手続き及び効果は条例に定めなければならないとしています。
中野区職員の分限に関する条例第3条第2項では職員を休職とする場合は、指定医師をしてあらかじめ診断を行わせなければならないとしているので、少なくとも診断日以前に遡及できないのは自明です。休職処分やその解除が任命権者によって濫用されるとすれば自治体に大きな弊害が生じます。それが職員の不利益に働く場合は勿論のことですが、職員の利益を図るためにも恣意的に運用されてはなりません。中野区の人事担当課長が分限処分の遡及は任命権者の判断の問題だなどと勝手な解釈をするのは困り者です。それは図らずも今回の「遡及」がNT参事の任命権者である中野区長による裁量的な判断だといっているのと同じです。

7.NT参事は総務課の「調整」に気づいていた 
O課長はさらにおかしなことを平気で陳述しています。「病気のため出勤できない職員が、所属の対応が十分でないにもかかわらずすべてに責任を取らなければならないのは、著しく合理性を欠く措置だと考えた」というのです。一般論はおくとして、この事件の場合のNT参事の行動にそのような救済的な考えを当てはめる余地はありません。彼は聞き取り調査に対して、勤怠の届け出をしていないことを認め、それにもかかわらず、総務課が何らかの調整をしていることは、給与を見れば推測できたと答えています(甲36号証)。
病状が良くなかったことに同情は禁じ得ませんが、NT参事は元職員課長であり、服務の手引きによって中野区の全職員を指導する立場にあったのです。それによって人事給与事務がどのように混乱するか、自分の経験に照らしても想像できたはずです。それを考慮すれば、言葉はきついのですがNT参事の立場は背信的といわざるを得ないのです。総務課のやっていることに気付きながら3か月にわたって身に覚えのない給与を受け取っていたのです。所属する総務部の適正な支援・指導がないというより、配慮に甘えていた、さらには暗黙の許容があると信じていたとの見方も可能です。

8.休暇の承認の手続きはあったのか
休暇の承認については当然に遡及できるものとしているが、監査委員が指摘していたように、休暇の事前承認の例外は真にやむを得ない場合のみに許されるのであり、欠勤が指摘され問題になってから実は休暇でしたというような処理は許されることではありません。人事担当課長が平然とこれを許容する発言をするなら、今後の中野区の服務規律はどうなるのかと危機感を覚えます。
IM部長の陳述の最後にも申し上げましたが、私は3ヶ月近くの手続きの遅れというよりも、そもそも2月16日から3月9日にわたる勤務日について、休暇の申請も承認もなかったのではないかと思っています。それというのも休職に関連する書類は証拠として積極的に提出されている(乙1号証〜乙7号証)にもかかわらず、この休暇については一切証拠が提出されていないと気付いたからです。休暇が申請されたとすれば、当然それは私事休暇ということでしょうから、①それは承認できるのか ②それを承認したのは誰かという疑問につながります。O陳述もそれに触れたくないようです。人事担当課長が給与の返還額の計算に当たって、休暇だったことにしたというのが真相ではないのでしょうか。
 なお、給与の返還について給与減額整理簿(乙6号証の1)を見ている中で新たな疑問が生じました。それは1日たりとも出勤していないNT参事に、いったんは支給された4月支給の給与906,386円の中に、通勤手当157,042円が含まれていることです。3月分の計算では28,402円ですから異常な金額に思えます。ここに通勤手当以外のものが紛れ込んでいる疑いがあります。O課長はじめ人事担当課の事務処理を信じてよいものか、あまりに疑惑が多いので一言申し添えておきます。

おわりに 
控訴人は審理が尽くされていないといいますが、一審の裁判所は証人喚問するまでもなく他の証拠で十分であるとされたのだと思っておりました。陳述を見る限りでは、これまでの主張の繰り返しで何も新しい証拠が提出されているわけではありません。また三つの陳述書の間に矛盾がありますし、これまでに提出された証拠の内容との整合性を欠くところがあります。彼らは証人として喚問されなかったことをむしろ喜ぶべきではなかったのかとさえ思っております。
私たちが中野区の中枢部で起きた幹部職員による不正事件に対して、中野区長を被告として住民監査請求を起こしたのは自分たちの個人的利益を追求するためではありません。中野区の幹部職員の不正な行為によって生じた、中野区の損害を中野区に返還させよと迫っているのです。それに対して区長が追求している「正義」とは一体何でしょうか。
区長はこの事件について区報等を通じて一度も区民に謝罪したことがありません。事件関係者を擁護して、私たち区民の請求に一向に応じようとしません。公判には毎回中野区役所の職員を動員し中野区の公費を使ってこれに対抗しています。何かが変です。心情的にはとても割り切れないものを感じております。
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by ombudsnakano | 2007-03-27 20:31 | 中野区幹部職員の不正打刻事件