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チラシ撒き


 [裁判ニュース NO.12]を区役所前でまきました。今までの中で多分1番受け取りがよかったと思います。正面入り口と裏出口の2箇所に分かれて撒いたのですが、今回は裏だったこともあり、出入りするのが殆ど職員ということもあり、「もう1枚下さい」とか「ごくろうさん」と声をかけてくれたり、興味深々という感じです。きっと何かを期待している方が多いのでしょうか。
 巷の噂だと職員が現区長の下でやる気をなくしているということ。困ったものです。信頼できる区長の為なら頑張ります!となって120パーセントの力を出してくれればどんなにいいものか。今の状態は物凄い損益を出していることになります。監査請求してもだめでしょうね。
 うちの近くの地域センターでもチラシを職員に渡しました。私も下さい!とにこやかに受け取る職員、気持ちは言わずもがな、です。
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by ombudsnakano | 2007-05-11 20:42 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

裁判ニュース    No.12-2 2007.5/8号

区長と区議会のみなさん
区民はどれを信じればよいのでしょうか
庁内NO.1の前総務部長から出た2回目の陳述書は,こう述べています。


「私自身が当事者になっている事故報告のため、
内容(課長と私が協議して仮打刻を行ったという記載)について、
事実との相違があっても、
これは……管理監督者として負わなければならない責任の範囲と思い、
意見は言いませんでした。」



◆みなさん、信じられますか。
前総務部長は「事実との相違があっても」自分が当事者だったから「意見は言いませんでした」というのです。


これが本当だとするならば、
「事実との相違」がある事故報告書と
懲戒分限審査委員会調査(これにもウソがあったという。後述)によった行政処分は、
前部長には重い、事実誤認の処分だったことになります。
区議会総務委員会になされた報告も
根幹部分でミスしていたことになるし、また、
当時のマスコミ各紙の報じた内容(部課長協議の上の行動)も
前提部分がちがっていたことになりますね。
前総務部長は、課長との協議を否定し、
課長の単独犯行にさせたいようです。
しかし、当時の総務課長単独犯行説には、無理があります。
その課長が1ヵ月半も出勤偽装し続けたのはなぜか。
単独犯行説では、その動機も含めて疑問が解けません。
無断欠勤参事の娘の結婚式に呼ばれるほど
親密な関係にあった前総務部長の指示なしには、
その謎は解けないのです。

◆ みなさん、信じられますか。
前総務部長は職員の関与を否定するため「早い段階で…認識」と話したと


「聞き取り調査は、分限懲戒処分を決定するため」であり
「また、証言が他の人に公開されることはないことも知ってい」たので
「職員の関与を否定するため」
「早い段階で適正処理すべきことを認識していた」
と証言したというのです。


◆みなさん、これが信じられますか。
この釈明は、総務課職員を守るためにウソを述べたのだと、自分の行動を美化していますが、本当でしょうか。


自分の証言が他の人に公開されることはないと知っている場合、
あなたならどうしますか。
「公開されることはないと知っていた」ので安心して、
本当のこと=課長に相談されて出勤扱いを指示したということを話した
のだ,
こう見るほうが自然ではないでしょうか。
むしろ、そこにこそ真実があったのではありませんか。


■ 次回第3回公判
■ 6月21日(木)午前11時
■ 東京高裁824号法廷
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by ombudsnakano | 2007-05-08 01:04 | 裁判ニュース  

裁判ニュース    No.12-1 2007.5/8号

4月の第2回公判
区側、事実確認した裁判長の質問に
即答できず

他の2点とあわせ、次回(6月)までに答弁書を出すと表明


去る4月17日午後の第2回公判で西田裁判長は,開廷するとすぐに事件当時の欠勤参事の執務について区側に問いただしました。
「欠勤参事が執務していたという6階で使用していたその机は(住民側の主張するように)、会議用テーブルなのかどうか」単純な事実確認だったけれど,区側弁護人は顔を見合わせて回答を保留しました。
さらに裁判長が「欠勤参事が‘特命’として受けた契約業務手続の改善とは具体的にはどんな仕事だったのか」と説明を求めると、また3人の区側弁護人は顔を見合わせてから主任弁護人が「これも次回」と返答。さて執務状況を示す証拠も出るのでしょうか。
最後に西田裁判長は、住民側の出した疑問点への答弁として、遡及した休職処分の起案は、「組織的協議」で決めた(O陳述書)とある点について、その協議に参加したのは誰なのかと具体的な説明を求めて「これも次回までに回答してください」と発言して終了。
この第2回公判で、証人審問の日程について裁判長が触れるか注目されましたが、何も触れませんでした。果たして審問は設定するのでしょうか。

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■ 次回第3回公判は、
■ 6月21日(木)午前11時から
■ 東京高裁824号法廷で開かれます

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by ombudsnakano | 2007-05-08 00:28 | 裁判ニュース  

一審被告側準備書面に対する反論 ⑤

2−6 O課長の奇妙な論理
① 病気による休職処分は公務員の身分保障を前提として、職員のその意に反して任命権者によって行われる分限処分であり、心身の故障のため、長期の休養を要する場合に行うことができるものである。(地方公務員法28条2項 )。なお、心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合は降任または分限免職とすることも出来るのである。(地方公務員法28条1項 )。
職員の分限は公正でなければならず(地方公務員法27条1項)、任命権者がそれを行うについては条例で定めた手続きによるものとしており(地方公務員法28条3項)、中野区職員の分限に関する条例では、心身の故障を理由とする降任、免職、休職にする場合は、恣意にわたることのないよう、「指定医師をしてあらかじめ診断を行わせなければならない」としているのである。

② O総務部人事担当課長の認識はこうした制度の基本的認識を欠いている、O課長の決済した乙6号証の1(給与の返還の起案)を見ると次のように過支給の経緯及び返還理由が記載されている。「平成16年3月4月分給与を全額支給したが、その後3月10日から病気休職の届け出がなされた。また、病気休職を取得したことにより4月1日の昇給も取り消しとなったため過支給分を返還する」となっており、休職は休暇の延長のような理解でいるようである。これでは任命権者の分限処分ではなく単にN参事の休暇届が遅れていたような認識でいるのである。

③ O人事担当課長は陳述書(乙23号証 〔4〕)において奇妙な論理を展開している。「休職処分の決定は、事故の判明後、本来あるべき勤怠管理に沿って必要な手続きを行うものでした」というのである。それによって事後ではあるが出勤簿を本来あるべき状態の戻すことが出来たというのである。本末転倒の論理であるが、まさに本音というべきである。休職処分の決定は、任命権者があらかじめ医師の診断を徴した上で分限処分として行うべきものであり、出勤簿を本来の姿に戻すために行うものではない。この場合本来あるべき勤怠管理とは、出勤簿に不参表示をすることであり遡って休職とすることではない。

④ O課長の感覚では、本来的な手続きが行われないでいたのは、欠勤しているものの責任ではなく、届出を慫慂しない出勤簿の管理者の側に責任があるかのような論理を展開しているのである。平成19年3月26日のTY陳述(乙22号証 2中段)はこのようになっている。「最初の病気休暇の処理は、Nさんからまもなく診断書が送付されて来ましたのでスムーズに処理が出来ました。しかしNさんは引き続き休むことになります。Nさんは『また後から診断書を送る』と連絡してきました。しかしその後連絡が途絶えてしまったのは、先の陳述のとおりです」。後から送る診断書とは以前休職の理由となっていた病気の診断書にほかならない。病状によっては「職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない」と判断される可能性もあるものである。

⑤ N参事の聞き取り調査(甲34号証)にはN参事の当時の状況が述べられているのは、O人事担当課長が自らあたったのであるから承知しているはずではないのか。「出勤簿処理を決着しなければという思いはあったが、とにかく生きるか死ぬかという状態で、昨年9月に医師に後1年と言われており、どうでもいいやという気持ちにもなっていた」「休職願は出していないし、総務課が何らかの調整をしていることは、給与を見れば推測できた」というような発言を見ると、病状の重さに同情しつつも、元職員課長であり人事給与制度を熟知しているN参事の立場を考慮すると、休職処分のいわゆる遡及によってこれを救済しようとする態度は理解できないのである。

2−7 不自然な年次休暇の事後承認
① O課長は休暇の承認についても誤った見解を述べている。年次有給休暇の承認はやむを得ない事由がある場合は事後においても取得できるとして、本件の場合も当然にそれに当たるとしているがまったくの誤った見解をのべている。休暇は文書による事前承認が原則であり、急病で入院した場合に事後承認とならざるを得ないことを想定しているのである。前段のような事情で長期にわたる欠勤が発覚してそれでは有給休暇の承認をお願いしますということが、やむを得ない事由にあたるとして許されるのであれば、わけがないのである。その承認は違法である。

② O課長の見解のように、仮に、休職処分は本来行われるべき時期に遡及できるとするなら、その始期は2月16日でも2月9日でもよいことにならないか、その前に有給休暇を承認するのはきわめて恣意的といわなければならない。結局のところ残されていた休暇の日数によって休職の始期を定めているのである。N参事は退職するわけではなく、休職であるから、理論上はまた職場に復帰するかもしれないのであり、休暇を間に挟む必然性は無いのである。

③ この休暇の承認は、給与返還の計算上行われ、返還すべき給与を少なくするために行われたものである。手続き的にもN参事から休暇の申請がなされたかどうかについても疑問がある。平成17年4月22日の被告答弁書は「総務部人事担当は、同年5月6日、訴外Nからの同年2月16日から同年3月9日までの年次有給休暇を取得する旨の申し出、同年3月10日付の休職願及び指定医師の診断書を郵送により受けた」としている。郵送で受けた年次有給休暇の申し出が証拠として示されていない。

2−8 隠蔽工作の本当の目的
① 2月16日から3月9日までの年次有給休暇を承認したことにして、それに続く3月10日に前任のT人事課長のもとで休職処分が行われたかのごとき文書(乙3号証 )を捏造しているのである。この一連の手続きは果たしてN参事の救済のためだけに行われたのであろうか。O課長の述べるとおり、これによって「事後ではあるが出勤簿を本来あるべき状態の戻すことが出来た」のである。事後のN参事の勤務一覧表(甲24号証)からは、TY総務課長(当時)等の行った不正な出勤打刻の後は見事に消滅している。

② このような準備を整えた上で、「不正打刻は勤務のない日について事務処理としての打刻(仮打刻)を行い、後日、本人の届出により処理することとした」つまりは暫定処理であったのだ、。「その後、本人より休暇及び休職願が提出されたので、出勤簿の適正化を図った」のであって本人が病気のため手続きが遅延していたに過ぎないのだという「欠勤処理に関する事故報告書」(甲30号証)の筋書きがつくられ、懲戒処分に臨むことになるのである。これによって、救済されたのは総務部長・総務課長そして助役(いづれも当時)だけでなく、中野区役所中枢部の腐敗を糊塗することにより、事件を矮小化し区長への責任追及を避けることにもつながっているのである。

③ 「欠勤処理に関する事故報告書」(甲30号証)は任命権者である区長に5月7日に報告され、それによって区長はこの事件を知ったことになっているのである。それ以前の5月6日に任命権者による休職処分が決定されるというのもそもそもおかしな話なのである。その休職処分の決済は区長からその権限を委任されていない助役によって行われている(乙30号証)(乙17号証の2)。その上で助役は懲戒分限審査委員会の委員長として「後に修正する意図で云々・・・」などと結論付けている(甲56号証)。こうした一連の手続きは、中野区長と中野区幹部職員の都合を背景に恣意的に行われた隠蔽工作なのである。

〔証拠の提出要求〕
1.平成16年5月6日にN参事から郵送で受けたという年次有給休暇の申し出(文書管理規定に基づく収受印が確認できるもの)
2.休職処分が同年5月6日に行われたことを示す何らかの文書上の証拠
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by ombudsnakano | 2007-05-05 12:27 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ④

2−3 IM総務部長(当時)の責任
① 当時の総務課長の役割は当然のことながらN参事の上司でなく服務の監督者でもないのであって、たまたま総務部に所属することとなったN参事の出勤簿を職務として整理保管していたのである。総務課長が自己の職務の執行について上司である総務部長に相談することは十分ありうることであり、助役にN参事の病気休暇等の承認権等があったからといって、原審の認めた総務課長と総務部長の共同不法行為の成立に影響を及ぼすものではない。

② IM陳述は出勤簿管理規定をいかにも軽視した発言をしているが、出勤簿の整理保管者(総務部では総務課長)は毎月末に勤務状況報告書を総務部長に報告することが定められ、総務部長は必要があれば、出勤簿を提出させ、出勤状況の報告を求める権限を有しているのである。(甲54号証 中野区出勤簿管理規定第6条)。このような権限を有している総務部長が助言であれ、承認であれ一定の判断を示したのであれば、その影響は大きいと考えるべきである。

③ 平成18年12月27日のIM陳述(乙16号証)では、平成16年3月中旬にN参事の妻を見舞った自分の妻から「N参事は、医師から対応できる治療はすべて行った、今後の対応は考えたいといわれてから、精神的に落ち込み体調を崩し寝たきり状態になってしまったこと、奥さんの見舞いにもこられる状態ではないと・・・」聞いたことを陳述している。この様な情報に接すれば、当然のことながら、N参事が勤務しているとは考えるはずもなく、むしろ出勤簿や給与はどうなっているかと心配してしかるべきである。

④ またこの陳述では、「3月中旬頃総務部付けの特命参事から、課長はN参事のカードで打刻しているようだ」と耳打ちされたことを陳述している。それにもかかわらず調査させることもしていないのである。人事課の担当者に一言話せばすむことである。IM総務部長は少なくともこの時点でN参事の欠勤を知ることが出来たのであり、知っていて何らの行動もしなかったのは不自然である。

⑤ 「私はまだ手続きが済んでないのかとおもいました。暫定的処理がまだ続いているのかと心配しました」と弁解は見苦しい限りである。そもそも暫定処理などというものは制度としてない。この時点でN参事の欠勤が始まってから既に1ヶ月あまりも経過しているのである。総務部長の一連の行動は、その職責を果たしていないばかりか疑惑に満ちたものである。

2−4 IM陳述に同調するTY陳述の問題点
① 平成19年3月26日付けのTYこども家庭部長の陳述(乙22号証)もIMとの相談内容についてIM陳述にあわせて相談の趣旨がN参事のケガの後の処理であり、その後の判断は自身の独断で行ったかのように微妙に変化させている。しかし、N参事のケガの出勤簿上の処理については迷うことはまったくなく、制度的にIMが指示したという当面「出勤扱い」とする(甲34号証 本件に関わった経緯)必要などはないのである。公務災害云々はIMが自己弁護のために後から考えた弁解に過ぎないのである。実際上もN参事から送られてきた診断書をもとに病気休暇の処理がなされている。

② TY総務課長の当時の懸念は、「私としてはついに来るべきものが来た」とのべているように(乙18号証 9前段) このケガを契機に以前からの病状が悪化し、N参事が出勤できなくなるのではないかというところにある。ケガは大きなものではなく、病気休暇が取得できるのであって、以前からの病気が悪化した場合では病気休暇がとれず、その場合は休職の取り扱いになることを知っていてそれを心配したのである (乙18号証 8後段、甲31号証 本件にかかわった経緯)。それについて総務課長の立場は、N参事の上司でないことは勿論のこと、服務の監督者ではなく出勤簿の保管者であり、いわば連絡窓口なのであるから、独断で判断を下す立場にはない。N参事の欠勤について上司の総務部長に相談するのは必然の行動といえるのである。

③ TY総務課長(当時)の行った行為はN参事の無届による不参(つまりは欠勤)を知りながら、N参事の出勤簿平成16年2月16日に出勤の表示をして以来同年4月1日に最後の出勤表示をするまで約1ヶ月半にわたって日々続けられ、N参事があたかも毎朝出勤しているように偽装する根気の要る作業といわなければならない。出勤簿の管理を怠ったという不作為ではなく積極的な作為なのである。総務課長といえば区役所の中枢を形成する職であり、そのような苦労をする個人的な動機は見出しにくいのであって、組織的な意向をふまえて行われたと考えるのが合理的である。

④ 総務課長の行為は出勤簿上の偽装にとどまらないのであり、出勤簿の整理保管者として毎月末に勤務状況報告書を総務部長に報告する職責を負っているのである。その際、自分の休暇等によりNに変わって打刻できなかった出勤簿の空白を部下職員に補正させている。その上で2月の勤務状況を2月末に、3月の勤務情況を3月末に総務部長宛に報告している(甲37号証)。その結果として給与支給事務を担当する総務部人事課の判断を誤らせ、前月の欠勤による給与の減額が行われることなく(中野区職員の給与に関する条例第13条)不正な給与を支給させたのである。

⑤ 中野区出勤簿整理保管規定(乙21号証)には、暫定的な処理とか仮の出勤表示などというものはない。あえて仮の措置と考えられるのは、本人から届け出があるまで出勤簿を空白にしておくことではないかと考えられる。これを、積極的な不正打刻と勤務状況の報告を、いかにも手続きの遅れのように言いつくろうことは出来ないのである。しかもTY総務課長の行為は、部下職員に指示するなど組織的に行われており大胆に過ぎるのである。これを個人的な動機で行った非行であるとするには無理があり、組織的了解があったと見るべきである。

⑥ なお、同年4月1日部長級の区長室長に昇格したTY総務課長は、事件発覚後も降格などもされることなく、その職にとどまっていたのである。仮に本件のような事件を個人的な動機から、独断で引き起こしたとするならば、自治体の人事行政ではほとんどありえないことではなかろうか。事件の処理に当たって、中野区役所の区長、助役、総務部長、人事担当課長という人事ラインにほとんど怒りが感じられないのである。

⑦ 総務課長の行為は二つの目的をもって行われている。その一つはN参事の病気の悪化を認識した上で、直ちに休職処分とならないよう出勤しているように出勤簿を偽装することである。2月16日午前8時29分に、あらかじめ総務部長との相談結果に基づいて、なんらの躊躇もなくそれを始めているのである。(甲 号証拠 勤務一覧表)。二つ目は折角復職させたのであるから、当面在職していると同様の給与を保障することであった(甲32号証)。そしてその行為は4月1日まで続き、「4月は何がしかのお金が出ると思ったので、打刻は続けなかった」としている(甲32号証)。一定の役割を果たし終えたというべきであろうか。 

2−5 4月1日の総務委員会への報告等について
① 平成16年4月1日には、N参事が在職している(欠勤していない)ことを前提に、復職に伴う昇給と人事異動(総務部庁務担当参事から総務部特命担当参事への変更)が中野区長によって発令されているのである。これをすべて総務課長の独断に起因する間違いであったというのであれば、中野区役所は行政組織としての体をなしているとは言い難いのである。

② 平成15年4月1日の年度当初の総務委員会において、当時のU助役は同委員会の出席説明員である部長級職員の紹介をしているが、出席していないN参事については次のようにのべている。「なお、委員長から御紹介いただきましたように、N総務部参事は、きょう欠席をさせていただいております」。これは欠勤しているNについて、たまたま欠席している建前で紹介しているのであり、議会に対して虚偽の報告をしているのである。この席には、IM総務部長はじめ総務部の管理職が同席しており、区長室長に昇格したTY前総務課長もこれを平然と聞いているのである。O課長もこの席でN参事を含めた人事異動の報告を行っているのである。

〔証拠の提出〕 中野区議会総務委員会 会議記録 平成16年4月1日
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by ombudsnakano | 2007-05-05 12:23 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ③

〔釈明の要求〕
次の事項について釈明を求めたい。
ア 事故報告書(甲30号証)の内容は、事実と相違しているので、これに基づく中野区長の懲戒処分(甲56号証 職員の処分について)に記載されている、本件事件にかかわる中野区における懲戒処分の事案の内容および処分の内容について、当時の総務部長にかかわる責任を否定する趣旨で言っているのか。
イ この陳述(乙20号証)では「Nさんの出勤の打刻が4月2日以降行われていないことは、提出した陳述書のとおり、総務係長から4月14日に聞くまで知りませんでした」と述べているが聞き取り調査(甲35号証)では、「3月中は処理できなかった。4月第1週ぐらいになって、M係長を呼んで、処理しなくてはならないので、書類を用意するよう指示した」と述べている(甲35号証)。M係長とはN参事の怪我以来の事情を知っている同じ総務係長である。この総務係長との関係についての陳述が何故このように変化するのか。
ウ 住民側としては、区長から委任されてN参事の服務の監督をすべきU助役の責任が当然いとわれなければならないと考えているが、IM総務部長(当時)が自分には責任がないような陳述をする趣旨は、U助役にこそ責任があるということなのか。
エ 総務部長がN参事の服務の監督権が自分にはなく、助役にあることを承知しているのであれば、総務課長からの相談があった際、ただちに助役に上申するのが筋道であるとかんがえられるが、それは行われたのか。
オ 甲34号証(IM総務部長 聞き取り調査)の初めの部分に、「N参事が2月6日の西城区長の通訳と接待役として勤務することは当日聞いた。4月の中国派遣の件についても併せて、本人が了解しているということで『良かった』と話した」とあるが、N本人に話したということか。4月の中国派遣の件とは平成16年4月11日に行われた北京駅伝大会に関連してNを派遣することか。それは誰が決定して、本人が了解したのか。それはTY総務課長(当時)も知っていたのか。
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by ombudsnakano | 2007-05-04 20:09 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一新被告側準備書面に対する反論 ②

2 控訴人(中野区長)の主張に対する反論
2−1 IM総務部長(当時)とN参事の関係
① IM・Nが親しい関係にあったかどうかは本人の主観で否定されるべきものではなく、Nの妻が入院しているからといって、自分の妻を見舞いに派遣し、Nの娘の結婚式に父の友人として招かれるような関係を世間的には親しい関係というのである。

② また、N参事の課長時代の職歴のうち、総務部用地経理課長 地域センター部調整課長 教育委員会庶務課長のポストはIM部長(当時)も経験したポストであり(管理職の年次からIMが先行)、以前からNが何かと相談する関係にあったと考えるのは無理ではないのである。(乙20号証 1 私とNさんの関係)

③ さらに重要なことは、乙20号証のIM陳述によると、平成14年10月、同年3月19日前総務部長山岸、人事課長Tのもとで行われたN参事の病気休職処分によって休職中であったN参事の見舞いに行った際に、わざわざ職場復帰を自ら勧めたことを明らかにしている。当時病気が小康状態にあったとしても、これは同年9月の段階で病気が進行し「もってあと一年と宣告されている」(乙18号証)のを承知の上での行動なのである。公務員は病気休職中であっても身分保障の一環として給料の80パーセントが保証されており、そのまま療養に専念させることも出来たはずである。病気が快方に向かっていたわけではないのであるから、部長級職員として戦力として期待できないのを承知の上で復職を勧めるのは、総務部長としての職務意識よりも区役所の仲間としての感情を優先させたものといわざるを得ない。異例とも言えるN参事の復職に人事管理の責任者として強いかかわりを持ちながら、N参事の欠勤に長期にわたって気付かず、何の注意も払わなかったというがごとき弁解は無責任にすぎるといわざるを得ず、まったく通用しないのである。

2−2 IM陳述のダブルトーク
① 中野区長は、第一審における答弁書(平成17年4月22日)において、事実の経緯として次のようにのべている。訴外Nは、平成16年2月6日、ケガをし、同月9日から同月13日まで病気休暇を取得した(乙5号証)。そこで、中野区総務部総務課長であった訴外TYは、訴外Nの従前からの病状を考慮すると、当分は訴外Nが勤務できない状況になるのではないかと心配し、当時総務部長であった訴外IMに相談したが、訴外IMはしばらく様子を見ようとの意見であった(第3事実の経過 3及び4)としている。

② また、原告共同参加人らの準備書面(平成17年7月15日)における「訴外TYが訴外Nの従前からの病状等を考慮し、当分は訴外Nが勤務できなくなるのではないかと心配し、当時総務部長であった訴外IMと相談したとあるが、「訴外TYは何を相談したのか・・・」という問いに対して、被告中野区長は、準備書面(平成17年9月2日)において「相談の内容は、訴外Nが、当分の間勤務できない状況になることが予想されるが、これに対してどう対処するかということであった」と明確な釈明をしている。

③ さらに遡れば、本件にかかわる懲戒処分(甲56号証)の前提として総務部長IMから区長当てに提出された欠勤処理に関する事故報告書(甲30号証)では、「N参事が2月9日から13日まで病気休暇を取得した後、翌週の16日以降も欠勤していたが、本人と接触が取れず、取り扱いについて判断できなかったため、総務課長が総務部長と協議し、勤務のない日について事務処理としての打刻(仮打刻)を行い後日、本人の届け出により処理することとした。」としている。

④ 出勤簿の処理には、本人以外のものが仮打刻をするなどという制度はなく、総務課長の行為は月末に部下の職員に協力させた上で出勤記録を補完し、中野区職員出勤簿整理保管規程(乙21号証 第6条第1項)に基づく勤務状況報告書として総務部長あてに報告されることによって確認され、給与支給の根拠となっているのであるから、当面の措置であるかのような弁解は許されないものである。ただし、この文書では総務部長との相談の趣旨がN参事の2月16日以降の取り扱いであったことは明らかにされているのである。

④ この報告に基づいて中野区長は平成16年6月4日懲戒処分を発令し、平成16年6月9日区議会総務委員会に報告を行っているのであるが、「出勤簿上の処理について、課長が部長と協議し・・・・」という趣旨から、総務課長および総務部長の処分内容はともに減給1月・10分の1ということになっている(甲56号証)。

⑤ しかるに、控訴審におよんで、IMの今回の平成19年3月26日付陳述(乙20号証)は、この事件の処理を総務部長として主導し、中野区役所における裁判手続きを所管してきたものとしての立場をわきまえず、これまでの経過からみればダブルトーク(二枚舌)といわざるを得ないものである。特に本事件にかかわる区長による懲戒処分の根拠となっている欠勤処理に関する事故報告書(甲30号証)について、「人事担当による聞き取り調査では事実と異なる証言もしました」とか証言が他の人に公開されることはないことも知っていました」などと述べている。その後のIM陳述の信頼性に疑問を持たざるを得ない。

⑥IM陳述では、しきりにN参事の服務の監督権が自分にはなく当時は助役にあったことを強調するとともに、総務課長と自分との相談の内容があたかも2月6日のN参事のケガについての取り扱いであったかのように印象付けようとしている。しかし相談の内容については、上記に述べた経過のとおり原審被告側が一貫して述べてきたところであり、このIM陳述の趣旨が理解できない。
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by ombudsnakano | 2007-05-04 20:06 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

一審被告側準備書面に対する反論 ①

1.裁判所からの釈明に関連する反論
1−1 提出された座席表について
①訴外Nが平成15年11月末の復職以来ほとんど自席で執務していなかったことの理由として「訴外Nは、当時契約事務の改善に関する事務について主に区役所6階の財務課(当時)において執務をしていたために、区役所4階の総務課(当時)の自席で執務をしていなかったものである。」との釈明をしており、あたかもそれがNの職務であり、総務課の自席にいないのが当然のような印象を与えている。しかし契約事務のライン業務は総務部財務課長の職責であり、「契約事務の改善」についての業務が総務課におかれていた自席で出来ないという理由にはならない。

②N参事の当時の職務は総務部参事庁務担当であり、乙18号証の訴外TY証言によると「・・・・自分を励ましたかったのだと思いますが、この区役所の中で自分がなくてはならない存在だ、というように新しい情報や話題を提供し、私が不得意なパソコン処理を一手に引き受けて処理してくれたり、総務部内の事務である契約事務の一部を担当していたのですが、その見直しに着手したりと見かけ上はとても積極的・意欲的な態度でした」とある。勤務実態は総務部内の事務の手伝いをしていたのであり、残された仕事の実績などまったく残っていないのである。

③示された座席表(乙24号証総務部総務課の座席表)のとおり、N参事の自席は他の二人の参事と並んで総務部長のすぐ右隣にあったのであり、Nの業務用のパソコン及び事務用品はそこに置かれていたのであるから、総務部長がいかに多忙とはいえ、N参事の平成15年2月16日から54日間の長期にわたる欠勤による不在を、総務部長が早期の段階で気付かないでいるのは不自然きわまりない。

④乙25号証として提出された平成15年度総務部財務課の座席配置(6階)におけるN参事の執務席とはどのようなものか、これは打ち合わせなどの会議用テーブルが置かれていたのであって、いかにもN参事専用の机と椅子が置かれていたような誤解を与えかねないものである。

1−2 N参事の定例的な会議への参加の慣例について
訴外Nは、平成15年当時、庁議の一員でも、部長会の一員でもないとしても、総務部の管理職であり、庁議及び部長会の内容を部内に伝達すべく開かれる総務部内の打ち合わせ会には参加するはずである。この点の裁判所からの釈明要求に十分答えていない。IM総務部長はじめとして人事・給与を担当していたT人事課長、契約事務等を担当していたM財務課長など総務の管理職は、議会の予算委員会や総務委員会への連日の欠席とあわせて、N参事が長期にわたって出勤していないことを知り得るはずであり知っていたのである。
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by ombudsnakano | 2007-05-04 20:03 | 中野区幹部職員の不正打刻事件