陳 述 書  その3

大畑きぬ代


乙16号証について
1.O課長の果たしている役割
最後にO人事担当課長の陳述について述べます。彼は平成16年4月1日から、人事担当の課長として事件の後始末に当たっている立場です。中野区の服務の手引き(乙4号証の2)は、服務上の問題は、地方公務員法の規定を踏まえ、つぎの3点を基本として処理しなければならないとして、①合目的性 制度の趣旨、目的にあった解釈と運用 ② 合理性 常識的で、納得できる解釈と運用 ③厳正確実性 職員全員の公平な取り扱いと正確な事務処理をかかげています。しかしO課長の陳述を読むと「服務の手引き」が掲げる理念にしたがって公正に人事担当課長としての職務を追及するのではなく、その果たしている役割は、上層部の都合にただ従って、隠蔽工作の事務方としての役割をひたすら遂行しているとしか思えません。これでは協力させられている部下が可哀相です。

2.出勤簿の不正発覚の事情
O課長の陳述では、平成16年4月14日にNT参事の出勤簿が4月2日から空白になっていることを人事担当の職員が発見したことが不正打刻発覚のきっかけになったように言っています。現在はこれが中野区の公式見解になっています。しかしながら、大変おかしなことに、それが何故に2月16日からの一連の不正の発覚につながったのかを説明していません。人事担当課には総務から3月分の勤務状況報告書がきているのですから、この状況では人事担当は4月2日からNT参事が欠勤していると考えるのが常識だと思うのです。
実際の事情は、庁内の噂や資料の流出、相当正確な内部通報(甲26)などでもっと早くから内々では知られていたのです。それは4月1日にTY総務課長の後任となった総務部のHY総務担当参事が出勤簿の管理上の不作為について、なにも責任を問われていないことからも推測されます。彼が就任したときにはすでに相当程度事件が知られ、問題視されていたと考えるべきなのです。
IM総務部長聞き取り調査(甲35号証)には「4月第1週ぐらいになって、M係長を呼んで処理しなくてはならないので、書類を用意するように指示した」とされています。この調書は誰が作ったのか、ほかならぬO人事担当課長と服務係長が16年5月19日にIM総務部長に面接して作ったのです。さらにIM陳述では、4月14日(水曜日)には既にNT参事の自宅に電話し、出勤簿の処理と、給与の返還について話をするため、その週の土曜日か日曜日に自宅を訪問したいと伝えたと述べています。事件の発覚が4月14日では、つじつまを合わせるのは無理があり、陳述書に既に矛盾が生じています。
何故に事件の発覚を4月14日に遅らせなければならないかは推測できます。4月15日にNT参事になんと4月分給与(906,386円)が何の疑いもなく支払われているからです(乙6号証の1)。このような人事担当課のあまりにも杜撰な事務処理をやむを得なかったとするには、早くから知っていては困るのです。4月14日には4月分給与の支給が止められなかったという弁解なのです。

3.NT参事の病気は広く知られていた
O陳述では平成16年4月14日当時の事情として「唯一3月まで総務担当課長の職にあったTY区長室長(当時)だけが、NT参事が病気のため出勤できない状態であることを知っていました」と述べていますが、これはまったく事実に反する陳述で、すべてをTY個人の責めに帰し上部に責任を波及させまいとする意図的な発言と思われます。
中野区議会の定例会は平成16年2月19日に召集され3月25日に閉じられましたが、議会参与として特に予算委員会の総務分科会と総務委員会に出席する幹部職員は、助役と主に区長室と総務部の管理職です。したがってNT参事が病気のため出勤できない状態であることを助役以下出席管理職は皆が知っていたのです。
TY陳述に「総務部内の管理職や主だった係長などには口外しないことを前提にNTさんの病状を話し、復帰の受け入れに注意を払ってほしいと協力要請をしました」とあるように、とりわけ復職のいきさつをよく知っているU助役、IM部長、O課長の前任者のT人事課長、そしてNT参事の親友と目されるM財務課長など総務部の主だった管理職は、当時NTさんの病状をとても心配していました。TY課長だけが知っていたなどということではありません。人事担当課長があまりいい加減なことを言ってはいけません。
O課長自身も前職は区長室の管理職ですから、NT参事が出勤していれば当然出席していてしかるべき区議会の総務委員会などに出席しています。予算特別委員会7回、その総務分科会3回、総務委員会5回、そのいずれの委員会にもNT参事が出席していないことを知っていたはずです。

4.休職処分の決定文書の疑惑
偽装工作の目的は、不正打刻をなかったことにする、あくまで暫定的なものだとするのがねらいです。そのためには、実際は5月6日に行われたという休職処分の決定日を3月10日に繰り上げる必要がありました。最近でこそ遡及だと盛んに弁明していますが、最初は遡及云々ではなく、休暇をはさんで3月10日に休職処分が決定されたように偽装したのです。
その痕跡は休職処分の決済文書(乙3号証の1)に残されています。①区長が行うべき分限休職処分の決定を助役にやらせている。事案決定規程上もこれは助役に委任されていません。あえてそうしているのは、もし文書の偽装が明らかになったとき責任が区長に及ばないようにするためです。② 3月9日に処分が行われたことにするため、O課長の前任者のT前人事課長に押印させ、当時の課長が決定に関与したように偽装されている。③それだけでは足りずご丁寧にも決定後供覧の欄に5月には転勤して在職していないS主事に押印までさせている。いかにも決定日時を真実らしく見せかけるためでしょう。④反対に人事担当係長の欄には押印がされていない。これは何故かといえば、人事担当係長は文書の作成時点では監査事務局に異動しているから協力させにくかったのでしょう、不都合な人事をやったものです。

5.果たしてこれを遡及と呼べるのか
その後に、実際は5月6日に決定したが、3月10日に遡及できるのだという主張に転換しています。何故変わったのでしょうか。インターネット上で偽装工作が始まったことが告げられた(甲26)ことや、その後に住民監査請求をされた影響があるかも知れません。監査の場では3月10に決定したと主張するのは無理だと判断したからでしょう。添付された指定医師診断書の日付が5月1日で、5月から3ヶ月となっていたらしい休養を要する期間を後から3月1日から6ヶ月と訂正されているのですから、3月10日に決定したと主張するのは無理だと判断したのでしょう。
監査で遡及だと主張するには、決定文書に5月6日には人事課に在職していないはずの前人事課長やS主事の印があることが反対に邪魔になります、監査資料として提供された決済文書の写しでは、彼らの印は消されていると聞かされています。さすがに裁判所にはそのような文書は出せませんので当初の決済文書が提出されています(乙第3号証の1)これを果たして遡及というのでしょうか。遡及とは権限ある者によって決定され、正しい決定年月日が付された文書によって、決定された処分等の効力を遡らせることをいうのです。正当な権限のある者(この場合はO課長)が関与しないで決定した形式の文書に、遡った決定年月日を付してその日に決定したように見せかけ、本当はほぼ2ヶ月後に決定されたが、決済文書に記された決定日に遡って決定の効力を持たせているのだと主張しているのです。これを遡及と主張するのは根本のところでかなりの無理があります。

6.分限処分は厳格に運用され濫用されてはならない
分限処分は任命権者によって、公務員の身分を失わせる、あるいは職務の遂行能力を失わせる身分上の行為ですから厳しく運用される必要があります。病気休暇の後に行われることが多いのは事実ですが、法的には性格を異にすることは言うまでもないことです。公務員の身分の保証とも関係しますから、地方公務員法ではその手続き及び効果は条例に定めなければならないとしています。
中野区職員の分限に関する条例第3条第2項では職員を休職とする場合は、指定医師をしてあらかじめ診断を行わせなければならないとしているので、少なくとも診断日以前に遡及できないのは自明です。休職処分やその解除が任命権者によって濫用されるとすれば自治体に大きな弊害が生じます。それが職員の不利益に働く場合は勿論のことですが、職員の利益を図るためにも恣意的に運用されてはなりません。中野区の人事担当課長が分限処分の遡及は任命権者の判断の問題だなどと勝手な解釈をするのは困り者です。それは図らずも今回の「遡及」がNT参事の任命権者である中野区長による裁量的な判断だといっているのと同じです。

7.NT参事は総務課の「調整」に気づいていた 
O課長はさらにおかしなことを平気で陳述しています。「病気のため出勤できない職員が、所属の対応が十分でないにもかかわらずすべてに責任を取らなければならないのは、著しく合理性を欠く措置だと考えた」というのです。一般論はおくとして、この事件の場合のNT参事の行動にそのような救済的な考えを当てはめる余地はありません。彼は聞き取り調査に対して、勤怠の届け出をしていないことを認め、それにもかかわらず、総務課が何らかの調整をしていることは、給与を見れば推測できたと答えています(甲36号証)。
病状が良くなかったことに同情は禁じ得ませんが、NT参事は元職員課長であり、服務の手引きによって中野区の全職員を指導する立場にあったのです。それによって人事給与事務がどのように混乱するか、自分の経験に照らしても想像できたはずです。それを考慮すれば、言葉はきついのですがNT参事の立場は背信的といわざるを得ないのです。総務課のやっていることに気付きながら3か月にわたって身に覚えのない給与を受け取っていたのです。所属する総務部の適正な支援・指導がないというより、配慮に甘えていた、さらには暗黙の許容があると信じていたとの見方も可能です。

8.休暇の承認の手続きはあったのか
休暇の承認については当然に遡及できるものとしているが、監査委員が指摘していたように、休暇の事前承認の例外は真にやむを得ない場合のみに許されるのであり、欠勤が指摘され問題になってから実は休暇でしたというような処理は許されることではありません。人事担当課長が平然とこれを許容する発言をするなら、今後の中野区の服務規律はどうなるのかと危機感を覚えます。
IM部長の陳述の最後にも申し上げましたが、私は3ヶ月近くの手続きの遅れというよりも、そもそも2月16日から3月9日にわたる勤務日について、休暇の申請も承認もなかったのではないかと思っています。それというのも休職に関連する書類は証拠として積極的に提出されている(乙1号証〜乙7号証)にもかかわらず、この休暇については一切証拠が提出されていないと気付いたからです。休暇が申請されたとすれば、当然それは私事休暇ということでしょうから、①それは承認できるのか ②それを承認したのは誰かという疑問につながります。O陳述もそれに触れたくないようです。人事担当課長が給与の返還額の計算に当たって、休暇だったことにしたというのが真相ではないのでしょうか。
 なお、給与の返還について給与減額整理簿(乙6号証の1)を見ている中で新たな疑問が生じました。それは1日たりとも出勤していないNT参事に、いったんは支給された4月支給の給与906,386円の中に、通勤手当157,042円が含まれていることです。3月分の計算では28,402円ですから異常な金額に思えます。ここに通勤手当以外のものが紛れ込んでいる疑いがあります。O課長はじめ人事担当課の事務処理を信じてよいものか、あまりに疑惑が多いので一言申し添えておきます。

おわりに 
控訴人は審理が尽くされていないといいますが、一審の裁判所は証人喚問するまでもなく他の証拠で十分であるとされたのだと思っておりました。陳述を見る限りでは、これまでの主張の繰り返しで何も新しい証拠が提出されているわけではありません。また三つの陳述書の間に矛盾がありますし、これまでに提出された証拠の内容との整合性を欠くところがあります。彼らは証人として喚問されなかったことをむしろ喜ぶべきではなかったのかとさえ思っております。
私たちが中野区の中枢部で起きた幹部職員による不正事件に対して、中野区長を被告として住民監査請求を起こしたのは自分たちの個人的利益を追求するためではありません。中野区の幹部職員の不正な行為によって生じた、中野区の損害を中野区に返還させよと迫っているのです。それに対して区長が追求している「正義」とは一体何でしょうか。
区長はこの事件について区報等を通じて一度も区民に謝罪したことがありません。事件関係者を擁護して、私たち区民の請求に一向に応じようとしません。公判には毎回中野区役所の職員を動員し中野区の公費を使ってこれに対抗しています。何かが変です。心情的にはとても割り切れないものを感じております。
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# by ombudsnakano | 2007-03-27 20:31 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

陳 述 書  その2

大畑きぬ代



乙16号証について
1.IM総務部長とNT参事の関係 その1
次にIMさんの陳述について述べさせていただきます。彼は最近中野区の助役に就任したようですが、私はIMさんのことを気安く「Gちゃん」と愛称で呼んでいました。NT参事もIMさんのことを同じようにGちゃんと呼んでいました。二人は管理職試験に合格した年次の関係で総務部長と総務部付きの参事という関係にありましたが、個人的に親しい関係にあったと思います。陳述の冒頭でIMさんの経歴がのべられていますが、昭和42年5月に中野区に採用されています。NT参事も5ヵ月後の42年10月採用で、いわゆる同期の桜といえる関係です。ともに中野区役所で36、37年仕事をしているわけです。

2.IM総務部長とNT参事の関係 その2
私の知る限りでは、IMさんの総務部用地経理課長のあとはNTさん、地域センター部参事(調整課長兼務)の後任の調整課長がNTさんというような関係にあったように思います。そんな関係からかNTさんは何かとIMさんを頼りにしており、IMさんはよく面倒を見ていたといわれています。IMさんが総務部で行財政改革担当部長をしているとき、NTさんは総務部職員課長でその後も仕事上の関係は深かったと聞いています。私のこうした陳述は区役所の職員の人達も見ることになりますし、人事課にある二人の履歴を見れば判ることですから、単なる推測を申し上げてはいないつもりです。

3. IM総務部長とNT参事の関係 その3
さらに私の知っている二人の個人的にごく親しい関係は、NTさんの娘さんの結婚式に招かれているという事実からもわかります。だいたい面倒見の良いIMさんが、これだけ長い期間にわたるNT参事の欠勤を気遣わないということが信じられません。この間、一度も見舞いに行かなかったということを不思議に思っていました。多忙であったとしても部下を派遣するということぐらいあってもよいのです。
ところがIM陳述によると、NT参事の奥さんが入院したとの話を聞いて、自分の妻を見舞いに行かせた話がでてきます。NT参事の妻の入院先を誰に聞いたのでしょうか。妻の入院中、病気が重くて区役所に連絡もできなかったというNT参事はどうしていたのかということも大変気になります。ご自分の病気の治療はどうしていたのでしょうか。なお、NT参事の妻の入院時期は2月28日から3月中旬とされています(甲36号証)。当時総務部長は議会関係など多忙であったと思われます。しかし当時のT人事課長をはじめ人事課・総務課には、これに関わってもおかしくない部下が多数います。そうした職員が登場せずに、NT参事との個人的な対応が出てくるのが理解しがたいところです。

4.IM総務部長の権限と責任
IM陳述は、平成16年3月までは規程の上ではNT参事に対する管理監督責任は助役にあり、自分にはないことを強調したいようです。しかし、「職員の進退及び身分に関すること」は総務部長の権限です。その立場でNT参事の復職時の決定に関与しているはずです。なによりもNT参事との連絡に当たっているTY総務課長の上司であり、人事・給与事務を担当しているT人事課長の上司としての立場を忘れてもらっては困ると思います。つまり出勤簿を整理して報告する側とそれに基づいて給与を支給する側双方の上司なのです。
 総務部長の重要な職責の一つに「議会に関すること」があります。平成16年度の第1回中野区議会定例会は平成16年2月19日に招集され3月25日に終了しています。この期間はNT参事の欠勤とオーバーラップしています。NT参事は議会参与(出席説明員)として予算委員会等合計15回の委員会に出席する職責がありますが、すべて欠席しています。議会参与が無断で議会に出ないということは考えにくく、欠席については総務部長が、事前に議会側に病気の状況など理由を伝えて了解を得ていたと考えられます。

5.勤務状況報告のあて先は総務部長
中野区には出勤簿整理保管規定というものがあります。現在でも中野区の例規として存在し、インターネットで見ることができます。その第6条の規定には ①整理保管者は、職員の出勤状況について、毎月末の指定日時までに、勤務状況報告書により、総務部長に報告しなければならないこと。②総務部長は、必要があるときは、整理保管者に対し出勤簿の提出を求め、又は出勤状況の報告を求めることができるとされています。
つまりNT参事の出勤簿の整理保管者はTY総務課長、その勤務状況の報告先は総務部長であり、総務部長は出勤簿の提出を求めチェックすることができるのです。その総務部長がしばらく様子を見ようとか、しばらく出勤扱いにと言うことの意味の重さを知るべきです。私たちはこの事件は総務部でなければ起こりえない事件だと思っています。

6. 総務部長と総務課長はいつ何を協議したのか
総務課長からの相談についてのIM陳述は信用できません。相談したのは2月7日(土曜日)ということですが、IM部長はこの日は出勤していないことは当日の出勤簿から確認できます(甲23号証)。平成17年9月2日被告準備書面では「相談の日時は特定することはできない」と明確に釈明していることも忘れているようです。
2月7日は怪我のすぐ翌日で、NT参事はこの日狭山市の整形外科医で受診しています。この怪我については、TY陳述について述べたとおり、しばらく様子を見る必要などないのです。2月9日(月曜日)には早々に診断書を取らせ、その後遅れることなく病欠の処理をしています。IM部長のこの部分の陳述は、2月6日の怪我についての対応と2月16日以降の対応とを意識的に混同し、「連絡が取れるまで出勤扱いで処理しておいたらどうか」という発言を、何時どのような相談に対する答えなのか良くわからないようにしようとする意図がうかがわれます。
ただ、この経過についてはIM総務部長から区長あてに提出した事故報告書(甲30号証)では明らかになっています。そこには「NT参事が2月9日から13日まで病気休暇を取得した後、翌週の16日以降も欠勤していたが、本人と接触が取れず、取り扱いについて判断できなかったため総務課長が総務部長と協議し、勤務のない日について・・・・」となっていますから、いまさら怪我の話を持ち出して自己弁護を図る必要などありません。

7.総務部長や人事課長は給与支給の事情を知るべき
IM総務部長はNT参事が長期にわたって出勤していないことを知らなかったとは絶対に言えないことは上記4から6に述べたとおりです。それでは欠勤している2月16日以降に出勤しているものとして支払われた給与について知らなかったといえる立場でしょうか。職責のうえではT人事課長も同様に知らなかったとは言えないと思います。
①参事の病気の経過は良く知っており、病気で休んでいることも知っている。②再び休職処分はしていないのです。それでは病欠なのかと考える ③同じ病気で病欠にはできないのですから欠勤ではないのかと疑う ④給与はどうなっているのかと疑問を持つ。人事・給与の責任者はこのように考えて当然ではないですか。しかも総務部長は個室ではなく、参事・総務課長と同じフロアに机を並べているのです。なお総務課の隣が人事課ですから、NT参事の動向は人事課長からも見える範囲にあるのです。

8. 総務部長の出勤簿不正打刻の認知
それでは、出勤簿の不正打刻についてはどうなのか、IM総務部長聞き取り調査(甲34号証)では「打刻は途中で認知していたが、全部暫定的な処理と認識していた」と答えています。今回の陳述では「直接目撃したことはないが、3月中旬頃NTとは別の参事から、総務課長がNT参事のカードで打刻しているようだと知らされた」と述べています。    それにもかかわらず何もしないというのは不可解としか言いようがありません。
暫定的な処理が続いているのかと心配したというのですが、暫定処理とは何でしょうか。そもそもが、本人に代わって出勤簿を打刻するという暫定的な処理などありえません。システムとしては、さらに月末には総務部長宛の勤務状況報告書が送られ、その月の給与支給額の正当性が確認されているのですから、これを暫定処理などとは到底いえません。下手な弁解は総務部長としての見識を疑われます。

9.不正打刻通告後のNT参事の昇給の不思議
自分はNT参事の服務監督者ではなかったことも強調したいようです。それならそれで、他の参事から不正打刻の通告があった際に、直ちに助役に報告しないのは不自然です。また、総務部長は出勤簿整理保管規定の上で強い権限と責任を持っているのですから、驚いてしかるべきで、直ちに人事課長等に調べさせる等の総務部長の責任を果たすべく行動すべきです。それをしないのは事情を先刻承知だからだと思われます。
ましてや、その後4月1日付のNT参事の復職時調整に伴う昇給発令を決済しているのです。これについてもIM総務部長聞き取り調査(甲34号証)では、「昇給者を個別にチェックせず、誰を昇給させているのか知らなかった」と弁解をしています。それではNT参事が長期に休んでいることを知っているはずの人事課長や担当の係長は、NT参事の昇給を部長に告げなかったのでしょうか。総務部は先のTY課長の言葉を借りれば、「職場総体として」おかしな職場の環境にあったとしか考えられません。

10.区長・助役への報告なしに処理方針が決められたのか
本当のところはどうだったのでしょうか。上層部に報告したと思います。助役に報告したということになれば区長に報告したのも同然になりますから、報告したとは言えないだけです。IM総務部長聞き取り調査では「4月第1週ぐらいになって、M係長を呼んで処理しなくてはならないので、書類を用意するように指示した」とされ(甲35号証)、IM陳述では、4月14日(水曜日)にNT参事の自宅に電話し、出勤簿の処理と給与の返還について話をするため、その週の土曜日か日曜日に自宅を訪問することを伝えます。
こうした日程から見ても、3月下旬にはIM総務部長を中心に事件の収拾策が検討されはじめていたと思われます。基本方針は、「不正打刻は暫定処理だった、後に修正するつもりの仮の措置だったことにする」ということでしょう。そこで、作為を不作為に、故意を過失にすり替え、本来行われるべき分限休職処分の手続きが遅れていたに過ぎないのだという方向が組織的に承認されていたと考えます。

11.任命権者の意向も確かめず休職願を出せといえたのか
ようやく平成16年4月22日になって、NT参事と事態を収拾するために面会することができますが、この陳述で総務部長自身が同席していたことがわかりました。これまで答弁書(平成17年4月22日)では「同日区役所に来庁したNT参事に、総務部総務担当参事HYが休職願等の書類を手渡した」とされるだけで、今までぼかされていた部分が明らかになりました。やはり総務部長が、事後処理というか私たちに言わせれば隠蔽工作の責任者として、不正打刻は後に修正するつもりの暫定処理だったとする基本方針にもとづいて積極的に行動していたということがわかりました。
このときNT参事に告げられたことは、残された提出文書から見て3月10日付けの休暇願を提出すること。医師の診断書を取ることなどと推測できます。病気休職は地方公務員法が定めるところにより任命権者が行う分限休職処分です。休職願は本人にも異存がないという性格の文書で休暇願とは根本的に違います。任命権者の意向が示されていてはじめて3月10日付けとして提出できたもので、4月22日に総務部長を通じてその意向が示されなければ、5月6日に郵送によって総務部人事担当に届いたというNT参事の休職願(乙3号証の2)に、この日付が記載されていることの合理的説明はできないのです。

11.分限休職処分の始期を3月10日としたのはなぜか
なぜNT参事が欠勤を始めた2月16日からではなく3月10日から休職なのか、これは残余の休暇があるので、2月16日から3月9日までを給与返還の計算上休暇が承認されるものとして扱ったということではないかと思います。この期に及んでも減額する給与の額(この場合は不正に支払ってしまった給与マイナス休職でも支払える給与)を少しでも少なくしてやるための配慮が働いているのです。休暇が承認されたことにすれば、その期間の給与の減額は必要ないからです。
分限休職は分限免職ではなく療養の後にまた職場に復帰する可能性を残した処分です。再び戻ることのないことを予測して清算的な事務処理を行ったのでしょうか。そうだとすれば、むしろ復帰の希望を断つような配慮のない事務処理に思えてなりません。

12.私事の休暇が果たして承認できるのだろうか
そもそも私事の休暇を取得することができたのか、IM陳述では「年次休暇での処理ができるかどうか、係長に調査するように指示しました」と述べるのみでその答えがどこにもなく、常に都合の悪い部分は曖昧なままにぼかされているのです。しかし、ここには隠蔽工作の重大な矛盾が隠れています。
それができるというのなら、NT参事からTY総務課長に連絡があったという2月16日に何故それをやらないのでしょうか。NTの印鑑を総務課が預かっていたようですから(平成17年5月27日被告準備書面釈明5)、意思が確かめられるなら休暇承認の手続きも可能ではないですか。怪我についての病欠の手続きはそのように取り扱ったのです。それができないからTY課長は悩み、総務部長と相談の結果「しばらく様子を見よう」ということになり、不正な打刻に走ることになったのではないのですか。
その時点で認められない休暇が、後になって遡及的にならば認められるのでしょうか。それならなぜしばらく様子を見ようなどと言うのですか、出勤扱いなどというのですか。暫定処理などというのであれば、とりあえず休暇として処理をしたほうがよほど無難ではないですか、それができるのならばですが。総務部長といえば私には区役所の中で人事給与事務の専門家だと思えますが、陳述の内容は矛盾に満ちています。
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# by ombudsnakano | 2007-03-27 01:26 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

陳 述 書  その1

大畑きぬ代



私は中野区民であるTCさん・YYさんの提訴したこの住民訴訟に他の9名の方々と参加人として加わってきました。控訴審では被控訴人の一人という立場ですが、過去に中野区教育委員会の委員をやらせていただいたことから、本件事件の関係者であるIMさんやTYさん、そして亡くなられたNTさんとも以前は親しくさせていただいておりました。また現在も区役所の中に知己が多いので、区民の中では区役所の雰囲気を多少なりとも知りえる立場にあります。そうした立場から、このたび控訴人から出された陳述書への反論を中心に、陳述させていただきます。なお私の陳述では関係者の職を事件当時のものとして述べています。

乙18号証について
1.TY総務課長の当時の心情
まず話の順序として、時系列的な都合上からTYさんの陳述について述べたいと思います。TYさんのことを私は区役所の中でY子さんと呼んでいましたが、事件を知ってとんでもないことだと驚き、直接彼女に問いただしたことがありました。それに対して彼女の答えは「NTさんに悪いことをしてしまった。(「区民に対してでしょう、有能なあなたなら仕事はどこでもできる、辞めたらどうですか」という私の問いに)辞めることも考えたけど、これくらいのことで辞めるなんて」というものでした。私は区民の感覚と区役所の幹部職員の感覚がこんなにも違うものかと驚きました。この度のTYさんの心情的な陳述についても、そうした「ずれ」を強く感じます。しかし反面では、この事件の動機や背景を知ることができて私たちにとっても有益でした。

2.TY陳述の立証趣旨は何か?
結局のところ2月16日及び3月下旬にNT参事からTY課長に電話連絡があったから、無断欠勤ではないと言いたいようです。職員の休暇等の申請手続きは文書によらなければならないと規則に定められていること、連絡があったということを示す証拠がないことは前審で述べたとおりです。なによりも、出勤できないという電話連絡が仮にあったとすると、それにもかかわらず出勤しているように出勤簿を装い、給与を支給し続けるという不自然な行動の説明がつかないではありませんか。反対に「何も心配は要らない。安心して療養してください」と励ましたのかもしれないという想定も可能なのです。

3.総務課長の行為は職務の遂行としてなされた
総務課長たるものが、欠勤している本人が所持していなければならない職員カードを使って、虚偽の出勤の打刻という積極的な作為を長い間続けていたのです。本人から連絡があったのに出勤簿等の整理を怠っていたという不作為ではありません。TY課長が出勤できない日にはNT参事の出勤記録は空白になりますが、その部分は月末の出勤簿整理の段階で部下の職員にやらせ、その結果を勤務状況報告書により報告していたのです。その経緯は、前審が被告に提出を命じた総務部総務担当WM聞き取り調査(甲37号証)の中で明らかになっています。

4.NT参事の復職には相当の議論があったはずだ
NTさんは、重い病気で手術を受けた後経過が良くなく、平成15年3月19日に分限処分としての病気休職となりますが、同年4月に休職中のまま総務部参事として総務部に異動しています。たまたま同日にIMさんは総務部長に就任します。その下でTY総務課長が休職手続きの更新などの連絡窓口となりました。TY陳述によればこの当時NT参事は大塚の癌研に入退院を繰り返した後自宅療養していたことがうかがい知れます。
その後平成15年11月28日にNTさんは休職処分を解かれ復職します。私も復帰直後に総務部の部長席斜め向いの自席にいたNTさんを見かけ、話をしました。多少病状が安定していたとしても、その年の9月には「癌が進行してもってあと1年」だと医師に告げられていたのですから、この復職決定には相当無理があります。本給の80パーセントが保障されているのですから療養に専念させるのが常識ではないでしょうか。私にとってこの復職は壮絶な感じさえします。少なくともこの決定にかかわった田中区長・U助役・IM総務部長・T人事課長の間で復職の是非が議論されたはずであり、その後のNT参事の勤務状況に彼らが特段の注意を払うのは当然ではないかと思います。

5.復職にあたっての総務課長の協力要請
復職は分限休職処分を解くことですから本人が望めば認められるというものではありません。あくまで職務執行に支障がない、又はこれに堪えられるという任命権者の判断でなければならないはずです。しかしTY陳述はこれを、NTさんの医者の宣告を否定したいという思いと家族を安心させたいという思いからの「奇跡的な復帰」と言っています。そして「職場復帰にあたって、総務部内の管理職や主だった係長などには口外しないことを前提にNTさんの病状を話し、復帰の受け入れに注意を払ってほしいと協力要請をしました。従ってこうしたNTさんの「生きたい」という強く熱い思いに対して職場総体として応えていこうという職場の環境があったと思います」と述べています。このような「区役所は一家・皆兄弟」というような思い入れに、私たちは到底ついていくことができません。

6.復職の目的は当面の処遇としか思えない
通常、病気が回復期にあるなら、慣らし運転的な復職というのはあると思いますが、その見込みがないのに受け入れに注意を払うとは勤務状態を大目に見てくれということでしょうか。この復職によって、病気の療養を続けながら軽作業に従事してさえいれば、本給は100パーセント復活、さらに部長級の管理職手当て25パーセントが加算されるのです。復職について特段NT参事に戻ってもらいたい職務上の要請はないのですから、住民・納税者の感覚では納得のいくことではありません。このような復職事情が出勤簿不正打刻事件の遠因になっていると思います。

7.NT参事の怪我と迅速な病気休暇の手続き
そして、年が変わって平成16年2月6日(金曜日)NT参事は中野区と友好提携をしている北京市西城区長の訪日に伴う行事に通訳と接待役として従事した後病状が悪化し、「大腸がんが増悪し、常にトイレに行きたいような体調で、役所のトイレに寄って電車に乗り遅れそうになり走ったところ、肉離れを起こして動けなくなり」とNT総務部参事聞き取り調査(甲36号証)で本人が語っている様な状態となります。中野総合病院で治療を受け、総務課の総務係長に見送られてタクシーで帰宅します。それ以降ついにNTさんは亡くなるまで、中野区役所に出勤することはありませんでした。
「私としてはついに来るべきものが来た、という思いでした」というTYさん懸念は、上記の怪我のことなどではないことは明白です。懸念していた病気の再発というより悪化です。怪我についてはそう重いものではなく、土曜・日曜を挟んで2月9日に整形外科の診断書を取り、区役所に置いてあるNTさんの印鑑を使って病欠の手続きがなされます。彼女らしくてきぱきと行っています。どうすればよいかと上司に相談するのはその後の処理についてなのです。休職の理由となっていた病気では病欠とすることが制度的にできません。どうすればよいか、これがTY総務課長の悩んだところなのです。

8.当面は給料が出る状態にしておきたかった
TYさんが語る出勤簿の不正打刻事情は、NTさんの復職事情とダブっているように思います。TY陳述は不法行為の動機を、NTさんの闘病生活への気配りと家族への配慮からと言っています。家族が訴える心配には生活への不安もあったことがうかがわれます。ここで休職処分の手続きを進めるのでは、折角の復職の効果が虚しくなってしまう、しばらく様子を見ることで、また元気を回復して職場にやってこられるかもしれないということがあったと推察されます。
TY区長室長(前総務課長)聞き取り調査(甲32号証)では「当面給料が出る状態にしておきたかっただけ」とも述べています。当面といっても、不正打刻が4月1日まで続き、結果的に支払われた給与の返還整理は5月分にまで及んでしまったのです(乙6号証の1)。そうした状況が続いているうちに、庁内では出勤簿の不正処理の噂が抑えきれないほどに広まる状況になっていた、と私は理解しています。選択肢は再度休職を命ずるしかなかったのですが、それを躊躇したということなのでしょう。給料が出る状態にしておきたかったという配慮は果たしてTY総務課長にのみあった心情だったでしょうか、そうとは言い切れないのです。

9.しばらく様子を見ているうちに
「しばらく様子を見よう」という上司の言葉は彼女を安心させたと思います。私はこの事件をはじめは個人的な友誼からたまたま本人に代わって打刻してやったというような事件と思いましたが、裁判を通じて事情を知るに及んで組織的な了解のもとに行われていることがわかり納得できました。
欠勤している者の出勤簿に出勤の打刻がされ、月末には事実に反する勤務状況の報告がなされ、給与が支給され、欠勤している幹部職員に受領されていたのです。やってしまったことは隠しようもないのに、何故誠実・率直な対応ができないのか。それは不正打刻・不正給与支給事件のみならず、その後の隠蔽工作に区役所の上層幹部が深く関与しているからです。また区長が一連の誤った対応を擁護していることも要因となっています。
事件は一人の重い病気の幹部職員に対する配慮から起こっています。しかし中野区役所では、誰に対してでもこのような組織的配慮がなされているのかといえば、決してそうではありません。
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# by ombudsnakano | 2007-03-24 23:20 | 中野区幹部職員の不正打刻事件  

♪♪♪ 傍聴に来た猫の話 ♪♪♪

2月6日、第1回目控訴審の後、春のような陽気の日比谷公園で、小さなボストンバックから子猫がチョンと顔を覗かせました。
「あら、どうしたの?」とバックの持ち主の弁護士さんに聞きました。
すると、弁護士さんが言いました。
「ある家でこっそり飼われていたんだけれど、奥さんにそれが分かってしまい、今は無宿者になる寸前なのです。かわいそうだから、新しい住まいが見つかるまで、私が保護者になってつれて歩いているんです。誰か飼い主になってくれる人いませんか。生後7ヶ月です」
子猫は、自分を取り囲んだ大人たちを不思議そうに見回していましたが、ニャンとも言いませんでした。とてもおとなしそうな猫です。目鼻立ちの整った賢そうな猫です。
このままボストンバックに何日もというわけには行きません。どなたか、飼ってくださいませんか!連絡は、市民オンブズ Tel 03-3384−5626まで。
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# by ombudsnakano | 2007-02-24 17:04  

裁判ニュース   No.11 2007.2/10号

出勤偽装事件関係者
(前総務部長・当時総務課長・当時人事担当課長)
陳述書を提出


[この三人の陳述書は何を述べていたか]

前者2人は4年前、部長級参事の無断欠勤当時、欠勤参事の病状がどれほど悪かったか、そしていかに欠勤参事の病状に自分が気を使ったかを、述べていた。しかし、欠勤参事の容態を詳しく書けば書くほど、その前年11月になぜ復職させたのかという問題が出てくることになってしまう。

[部長は妻を見舞いに行かせていた]
◆前総務部長の陳述で特に注目したのは、多忙で見舞いに行けない自分の代わりに、体調を壊して入院した欠勤参事の妻の見舞いに、自分の妻を行かせたと述べている点だ。上役が妻を部下の妻の病院に見舞いに行かせるというのは、よほどの関係ができていたのだ。そのことがよく分かった。
問題は、それだけだったことにある。私人のレベルでは妻を見舞いに行かせながら、公人としては、すべきことをしていなかった。だから、公的なレベルでのことは何も書けなかった。つまり、前総務部長は、公私混同どころか、公より私に重きを置いてしまったのだ。
総務部長としての公的な仕事といえば、出勤簿管理の指導。監督責任者として、まずなによりも総務課長に対して、誰か職員をすぐに欠勤参事の所へ派遣させるよう指示すること、これをまったくしていなかったことが浮き出てきた。

[管理職や主だった係長に緘口令]
◆当時の総務課長の陳述では、課長の不可解な行為の謎が解けそうな話が出ている。
例の参事が前年の休職処分から11月に復職するとき、総務部内の管理職や主だった係長に、口外しないよう念を押して病状を説明し、「復帰の受け入れに注意を払って欲しい」と要請したというのだ。
「復帰の受け入れに注意を」要請したのは当然のことだが、なぜ「管理職や主だった係長」だったのだろうか。なぜ一般職員をはずしたのだろうか。こういうやり方をしていたから、無断欠勤の始まった時総務課の職員を欠勤参事のところへ派遣できなかったのだろう。
もう一つは「口外しないよう念を押し」てから話したというところだ。病状を口外しないようにするには欠勤参事のことを話題にしないことが何よりだ。やがては、見ても見ないということになってゆく。だから、2週間経ても、一ヶ月経ても身代わり打刻が見守られ、そして無打刻状態が半月間見逃されるという土壌になったのだろう。身代わり打刻課長の後任者が、無打刻の発見される4月中旬まで、何もしていなかったのも、汚染された土壌があったからだったのだろう。

[例外的処理を課長単独で決めた?]
◆当時の人事担当課長は、長引いた無断欠勤の後始末にどのような方策があるか探ってみて、結局は、例外的処理を任命権者の判断でするほかないとの見解にたどりつくまでを、述べていた。
このような「例外的」処理(前年度に遡及させての処理)を、一課長だけの判断でするものだろうか。シンジラレナアイ! トップの事前了解ナシに、起案したとすれば、そのことがまた異常ではないか。
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# by ombudsnakano | 2007-02-24 16:06 | 裁判ニュース  

裁判ニュース   No.10 2007.2/10号

西田裁判長、区側に座席配置図の提出を要求
裁判のテンポ早い
今後どう進行するか注目



◇さる2月6日(火)、東京高裁824番法廷で第1回控訴審が◇
◇開かれました。裁判長は、住民側が「参事を課長待遇とした判◇
◇決は誤りで、正しくは部長待遇」と控訴した点の是非を区側に◇
◇質し、その後「住民側陳述書がよくできている」と評価しまし◇
◇た。次回は4月17日(火)午後3時半から同じく824番法◇
◇廷で開くことになりました。次回に注目されるのは証人審問の◇
◇日取りを設定するかどうかです。一審と同じように審問なしに◇
◇次回で結審となる可能性も出てきました。◇



 春のように暖かだった2月6日(火)午前11時半から東京高裁824号法廷で控訴審第一回が開かれました。
 開廷してすぐ、提出されている一審原告・共同参加人側(住民)と一審被告側(区長)双方の文書を確認して、50歳半ばらしい裁判長は、てきぱきと控訴内容の確認に入りました。
 裁判長「一審原告・共同参加人側の控訴は、参事が課長待遇ではなく部長待遇だということだけですね」こちらの弁護人立ち上がって「ハイ、その通りです」というと、今度は区側の席を向いて裁判長「参事は部長級ですね」区側弁護人座ったまま「ハイ、認めます」裁判長「では次回に区側の控訴内容の審議に進みましょう。区側は、当時の総務部の部長や参事の座席配置図を出してください」この裁判長、一審で出された資料にもう目を通しているようです。 座席配置図は、住民側がたびたび出すように求めたのに、拒否されていたもの。裁判長は「それは状況判断に必要ですから出してください」と念を押しました。そして「昨日、住民側から(区側控訴理由書に対する)答弁書と共同参加人の大畑さんの陳述書が出ました。大畑さんの陳述書は内容が分かりやすく、よくできています。原告の遠山さんの陳述書も本日出ましたから、これらについての答弁書なり反論書なりを用意してください。では次回を決めましょう」ということになって、日程調整の結果、4月17日と決まりました。
 次回は、区側からどのような答弁・反論が出てくるか楽しみですが、せめて整合性のあるものを期待しましょう。



●出勤偽装事件とは何か?

事件が中野区役所で起きたのは足掛け4年前。平成16年2月16日から幹部職員の無断欠勤が始まったので,当時の総務課長が総務部長と協議し、その欠勤した幹部職員のカードを使って、出勤と打刻していた事件。◆同年4月14日になって、その幹部職員の部分が4月2日から無打刻になっているのが発見され、無断欠勤と不正支給が明るみに出た。区当局は「事務処理の便宜上2月に遡及して例外的に処理」した形を作り、出勤偽装の関係者を処分。同年6月9日、区議会総務委員会に報告した。同月11日読売紙朝刊がこれを報道、世間に知られた。◆この事件に疑問を持った住民有志で区長に質問状を出したり区長との懇談も重ねたりしたが、納得できず、監査請求。その結果は、住民の指摘を認め、払いすぎた給与を返還させる措置をとるべしとの勧告が出るも、区長はその必要なしとした。そこで、やむなく監査請求した住民が行政訴訟を起した。◆東京地裁でその裁判が一昨年4月に始まり昨年9月結審。11月2日、東京地裁は、区長に責任はないとした以外は、住民側の主張を認め、遡及措置無効、払いすぎ給与の返還を指示する判決が出た。その審議の過程で、事件が実は総務部幹部層の馴れ合い関係の中で発生した不正給与支給事件だったことが明らかになった。◆原告・被告とも東京高裁に控訴し、本年2月6日に第1回控訴審が開かれた。



区側控訴は[証人審問しなかった1審への不満]からか
●区側控訴理由書への反論(要約)を以下に紹介します

一審が十分に主張させず無断欠勤と認定したのは誤りとする、区側の主張について
 (1)地裁での審議不十分だったとする区側は、裁判所が一審でこの訴訟をどう指揮してきたかや住民側と区側との間でされた主張立証の経過を無視し、時期はずれの主張をしている。
住民側は、N参事の欠勤が無断欠勤であることを重要な争点として文書提出命令を出すよう申し立て、これに対して区側は必要ないと言い、一審の裁判所は一部分の文書提出を命じたという経過があった。このように、N参事の欠勤が無断欠勤であるか否かが早い段階から重要な争点になっていたのは明らかだ。区側はそれを知りながら積極的な主張をしなかった。事実を無視した非難を一審の裁判所に加え、自己の主張を正当化しようとしている。時期遅れの攻撃防御法だ。却下されるべきだ。
 (2) 区側の主張する点は、N参事から当時の総務課長に電話連絡があったから無断欠勤ではないということのようだ。しかし、休暇などの申請は文書によらなければならないこと、連絡があったことを示す証拠が存在していないことは、一審が認定したとおりだ。
また、当時の総務課長の陳述書の述べるような、出勤できそうにないという電話連絡が仮にもあったのだとすれば、それにもかかわらず当時の総務課長がN参事の出勤しているように出勤簿を偽装し、出勤しているものとして給与を支給し続けたという行動を、当時の総務課長がした合理的な説明はつかない。無断欠勤とした一審の判断は正当だ。(続く)

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# by ombudsnakano | 2007-02-17 17:36 | 裁判ニュース  

どう活動してきたか

 毎月第2木曜日に打ち合わせ会、第4木曜日に勉強会を持ち、裁判ニュースを発行。その発行時期はだんだん早くなり、ニュース作成の協力者も生まれ、終盤では公判のあとすぐに発行できる様になりました。現在8号まで発行。部数は平均1000部。
 これを中野区役所前や中野駅北口などで配布したり、掲示板「区民の広場」に貼ったりしましたが、不規則で地域差も出ています。人手の足りないときは、会員でなく裁判のこともよく知らない人にまで助っ人してもらいました。
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# by ombudsnakano | 2007-02-08 23:12 | 市民オンブズマンとは?  

今回の行政訴訟について

一昨年4月25日の初公判以来、合計12回の公判。
 開廷して、すぐに裁判長「……の書面は読みましたね。ハイ、では次回をいつにするか決めましょう」となります。1回あたり6〜7分間の法廷。住民側・区側双方の主張点は書面で出しており、それを見ないと何もわからない裁判方式です。
 当初は原告2人による本人訴訟でしたが、その後、10人が共同参加人として加わり、同時に代理人を八坂弁護士に、さらに原告代理人を弓仲弁護士に引き受けていただき、安心しました。
 区側に資料提出を数回要求しても出さなかったのですが、裁判所命令でやっと出された懲戒分限委員会などの資料によって、区側主張の嘘が崩れ、事件隠し工作のあったこともはっきりしてきました。終盤にきた公判での証人審問を期待したのですが、裁判長から「その必要はない」と言われて驚きました。しかし、判決を聞いて納得。
 判決内容は[120パーセント勝利]といえるかもしれません。ただし判決は、区長の監督責任を問うところまでは踏み込みませんでした。それでも、判決で「請求を怠ることは違法」とまで述べたのは、間接的に「上告しても賠償義務は変わらないから、早く返還させなさい」と示唆して、促しているのではないでしょうか。だから厳しく重い判決ではないのか、と思います。
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# by ombudsnakano | 2007-02-08 23:08 | 市民オンブズマンとは?  

市民オンブズの全国大会に参加して

 2005年2月に設立総会を持ってから今まで、会の活動は、不正打刻・不正給与支給事件の行政訴訟に集中してきました。その間、2005年9月と2006年9月の2回、全国市民オンブズマン連絡会議の主催する大会に参加し「民主主義の基本は情報公開にある」ことと、都道府県議会がオール与党化しているこの時代には市民オンブズの役割は大きいことを痛感しました。
 一昨年の別府大会には会から4人参加。昨年の福岡大会には1人だけ参加。2度の参加でわかったことは、時間厳守の運営で予定の時刻にきちんと始まり、終わりも予定の時刻にちゃんと閉じる集会でした。午前も午後も途中に1回休憩があるだけ、それでも熱心に聞き、討論しているのです。一昨年は現職警察官も登場しました。見通しの明るい報告でも先の見えないような報告でも、発言者がみな優しい目をしていたのがとても印象的でした。
 昨年の大会では、元宮城県知事浅野さんの「つまらないようなところに真実があるのだから、勇気を持って隅をつついて掃除して欲しい」という発言と、「一見透明に見える行政運営が実態は巧妙な情報操作や隠蔽工作をしている例もある。……情報公開とは行政が公開したい情報を公開することではなく、公開をいやがる情報をどこまで公開するかという問題なのだ」という新海聡弁護士の指摘が印象に残りました。
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# by ombudsnakano | 2007-02-08 01:09 | 市民オンブズマンとは?  

出勤偽装事件の控訴審第1回公判の日程です

 東京高裁2月6日(火)午前11時30分から824号法廷で開かれます。
  地裁での経験からすると、開廷しても、ものの数分で終了ということになりそうですので、傍聴できる方は定刻より前に、余裕を持っておいでください。結審までどのくらいかかるのか分かりませんが、今後もよろしくご支援ください。
 市民オンブズ中野は、一昨年結成以来、中野区幹部の出勤偽装事件に集中して取り組んできました。K大跡地問題やサンプラ払い下げ問題をはじめ、区行政をめぐる諸問題にも注目していますが、現状では残念ながらそれらに手を広げる余裕がありません。中野区政・行政のありように関心をお持ちの方は、ぜひご協力ください。


東京高等裁判所:東京都千代田区霞が関1-1-4
       (最寄り駅:丸ノ内線・日比谷線霞ヶ関駅)
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# by ombudsnakano | 2007-02-04 14:28 | ご案内